Books

「高熱隧道」

高熱隧道 (新潮文庫)
吉村 昭
新潮社
1975-07-29





勤め先の山仲間の女性2人組は、昨秋に下ノ廊下へ行って来た。下ノ廊下とは、富山は黒部峡谷にある昔の発電所建設時の工事通路である。紅葉期の1ヶ月間のみ通行可となり、絶景を見ることができる反面、延々と続く断崖絶壁は常に死と隣り合わせという場所だ。仕事が終わってからテントを背負って夜行で出発して行ったが、週明けに無事に出勤してきたので安心した。

そんな彼女が今度貸してくれたのがこの本。戦時中に日本電力株式会社が黒部第三発電所を建設するために黒部峡谷で行った隧道(トンネル)工事の記録小説だった。

着工は昭和11年。工事を請け負った佐川組の根津と藤平は工事責任者として、技師や数多の人夫を引き連れてそれまで秘境とされてきた黒部峡谷の奥地に入った。絶壁に僅かに刻まれた歩道を重い資材を担ぎ上げる最初の段階から、既に十数名が滑落死している。

そして実際に掘削工事が始まると、上流域は温泉湧出地帯であることが判明した。掘り進むほどに岩盤の温度は上昇し、最終的には165度にまでなる。坑道内の高温・熱湯、自然発火するダイナマイトなどで連日のように死者が続出する。そんな中で根津や藤平は、飛散した遺体を拾い集めたり、高温や自然発火を防ぐ妙案を実行することによって、人夫達の心を何とか繋ぎ止めていた。

しかし脅威はそれだけではなかった。厳冬期のある晩に轟音が鳴り響き、84名とともに宿舎が忽然と消えた。翌朝から救出活動が始まるが、いくら雪を掻いても何も出てこない。そして2ヶ月後、500m離れた岩壁に叩きつけられていた宿舎が発見される。原因は泡雪崩による大爆発だった。そんな自然現象があることを初めて知った。

結果的に4年間に300人を超える犠牲者を出した末に、昭和15年に工事は終工を迎える。隧道が貫通した瞬間の高揚感もあったが、むしろ全体を通して痛感するのは大自然の恐ろしさと、工事現場における人間関係の異様さであった。私が下ノ廊下を訪れることは恐らくないだろうと思う。

「丹沢 尊仏山荘物語」

丹沢 尊仏山荘物語
山岸 猛男
山と溪谷社
1999-08-01





第1章 裸で得た第二の人生
第2章 塔ノ岳の歴史と自然
第3章 山小屋暮らし
第4章 山に眠る
第5章 世代を超えて

丹沢山塊には数多の山々があるが、その中で最も人気の高い山が塔ノ岳だ。そしてその山頂で唯一通年営業しているのが尊仏山荘である。そこの先代のご主人が書いた本があると知り一度読んでみたかった。

終戦直後、朝鮮から引き揚げてきた山岸猛男氏が塔ノ岳に登ったことが始まり。山守りの仕事をすると決心した氏が周囲の反対を押し切り、最初の山小屋を建てたのが1947(昭和22)年だった。2年後には戦前にあった尊仏小屋の二代目としてスタートした。

以降40年以上に渡って山荘を切り盛りしながら丹沢の歴史を見てきた。登山ブームによる登山者の増加とゴミ問題、高校山岳部や中学修学登山の隆盛と衰退、1975年の国体、etc。

中でも印象的なのは、山荘でアルバイトをしていた青年の遭難死である。丹沢登攀160回にも関わらず大倉尾根で遭難した。また同年には他にも若い登山者が4人も縦走中に命を落としている。厳冬期の丹沢の怖さを知った。

1987年に山荘は今の姿へと建て替えられた。これを機に、足を悪くされた氏は山荘を娘ご夫妻に引き継いで山を降りられた。しかしその後も氏の心はいつまでも山の上にあったようである。長きに渡り山守りをされてこられた氏の、丹沢の自然と山荘と登山者への愛情溢れる一冊だった。

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新田次郎「聖職の碑」




第一章 遠い山
第二章 死の山
第三章 その後の山
取材記・筆を執るまで

勤め先の会社には、私以外に山好きが3人いる。内2人は女性なのだが、この2人が男性以上に強者で、富士山を麓から登ったり、東京マラソンに参戦したり。その1人に私が今夏娘と木曽駒ヶ岳に行ってきたことを話したところ、一冊の本を貸してくれた。それが新田次郎の「聖職の碑」だった。

時代は大正2年。長野県伊那の中箕輪高等尋常小学校には、実践主義教育を信条とする赤羽校長がいた。教育現場に様々な不穏な空気が蔓延する中、赤羽は毎夏恒例の木曽駒ヶ岳登山に36人の生徒らを引率して出発する。それが未曾有の悲劇へと繋がった。

急変する天候。稜線で荒れ狂う暴風雨。ようやく辿り着いた伊那小屋は無残にも壊されていた。急ごしらえの小屋の中で疲労と厳寒と睡魔に耐え忍ぶ中で、1人の少年が命尽きる。これが混乱の引き金となり、一団は恐怖から我先にと暴風雨の中へ飛び出していき、赤羽らは必死に後を追う。ここからの1人1人の生死を分けた運命が克明に綴られている。

私も以前教員時代に登山旅行の引率をしたことがあるので、生徒を死なせたこの時の赤羽の覚悟が痛い程に胸に刺さる。結果、赤羽と10人の少年達が帰らぬ人となったのだった。

今回初めて新田次郎作品に触れたが、彼が教育分野も含めていかに入念な調査や取材を元に執筆したかがよく分かった。今でも稜線に残る遭難記念碑を今度登った時にはお参りしたいものである。

「アルプス登攀記」

アルプス登攀記〈上〉 (岩波文庫)
エドワード ウィンパー
岩波書店
1966-01


〈1860年〉
第1章 はじめに
〈1861年〉
第2章 モン・ペルヴーの登攀
第3章 マッターホルンへの第1回の登攀
(1862年)
第4章 マッターホルン、再度の試み
(1863年)
第5章 トゥールナンシュの谷――ブルイユから直接ツェルマットに抜ける峠(ブルイユヨッホ)――ツェルマット――グラン・トゥールナランの初登攀
第6章 マッターホルン登攀、第6回の試み
〈1864年〉
第7章 モン・スニー街道のサン・ミッシェルからコル・デ・ゼギーユ・ダルヴ、コル・ド・マルティニャール、ブレーシュ・ド・ラ・メイジュを越えてラ・ベラルドまで
第8章 エクランの初登頂
第9章 コル・ド・ラ・ピラットの初通過
第10章 モン・ブラン山群にて――コル・ド・トリオレ越えとモン・ドラン、エギーユ・ド・トレラテート、エギーユ・ダルジャンティエールの初登攀
第11章 モンマング峠の初通過――ツェルマット
〈1865年〉
第12章 グラン・コルニエの初登頂
第13章 ダン・ブランシュの登攀
第14章 コル・デランで道に迷う――マッターホルン登攀、7回目の試み
第15章 アオスタの谷、グランド・ジョラスの登攀
第16章 コル・ドランの初通過
第17章 エギーユ・ヴェルトの登攀
第18章 コル・ド・タレーフルの初通過
第19章 リュイネットの初登攀――マッターホルン
第20章 マッターホルンの初登攀
第21章 マッターホルンの下山
付録 マッターホルン後日物語
 

読書の秋ということで一冊。

ヨーロッパアルプスのマッターホルンは、美しい一方でその鋭い山容から最後まで登頂不可能とされてきた。1865年にそのマッターホルンの初登頂に成功したのがウィンパーであった。これは1860年から5年間にわたる彼の登山記である。

イギリス人であるエドワード・ウィンパー(Edward Whymper, 1840-1911)は元々画家であり、アルプスへは挿絵画の仕事を依頼されたから行ったのだった。しかしアルプスに魅了された彼は登山家としての人生を歩み始めることになる。

その登山は挑戦の連続であった。山案内を伴いながら数々の未踏峰に果敢に目指していくのだが、氷河の亀裂、雪崩や落石、猛吹雪などによって幾度となく危険に晒される。それでも彼は諦めることなく、氷河や雪斜面や岩層の構造、気象条件などを緻密に分析し、ルートや装備などを見直しながら、エクランやグランド・ジョラスなどの頂を次々と踏破していく。その様子は痛快だ。

アルプス登山黄金期の中心人物も一通り登場する。ウィンパーのライバルJ.A.カレル、山案内ミッシェル・クロー、せむしの人夫ルク・メイネ、ジョン・チンダル教授、etc。こうしたアルプスの猛者達がウィンパーの山行に密接に関わってくる。

これが単なる紀行文とは異なっているのはウィンパーの持つ視点の広さや博学による。文中における景観美の論じ方は画家としての視点であるし、氷河地形や鉄道が出来上がる様子などは技術者としてのそれである。ある村に蔓延する白痴病の根絶方法にも触れている。

マッターホルンには計8回挑戦している。当初は南西山稜から挑んでいたが、一度は数百フィートも崖を滑落し大怪我を負っている。最終的に岩層の構造を分析し、東壁にルートを変更する。一緒に組もうと思っていたカレルに出し抜かれたことを知り、急いでクローらと7人で隊を組んで山頂を目指す。そして南西から登っていたカレル隊よりも先に、東壁から見事初登頂を果たす。しかし下山中に他の山案内が使用していた通常よりも細いロープが切れたせいで、クローら4人が滑落して命を落とすのだった。

この悲劇によってウィンパーの栄冠には傷がついてしまった感はある。しかしこれを読めば彼が常に試行錯誤を繰り返しながら決して諦めずに挑み続け、その必然の結果としてマッターホルン初登頂を遂げたことが分かるだろう。

1840-1911_Edward_Whymper_(England)
随所に挿入されている彼の見事な挿絵も見所だ。

ズッコケ中年三人組

ズッコケ中年三人組
那須 正幹
ポプラ社
2005-12


大抵週末の午前中というのは、仮に予定や娘の習い事がなかったとしても、娘とともに妻に家を追い出されます。掃除の邪魔だからパパと何処かに行ってきなさいというわけです。以前はよく公園に行ってましたが、最近は大抵すぐ近くにある児童図書館へ。娘はしばらくここで絵本や伝記漫画などを読んで大人しくしてくれます。

で、そこに並んでいたのが昔懐かしのズッコケシリーズ。ハチベエ、ハカセ、モーちゃんの3人組が毎回騒動を繰り広げる児童書。子供の頃好きでよく読んでいました。と言っても私が知っているのは86年の13作目まで。それが50作目まで続いていたなんて知りませんでした。

最も好きだったのは「あやうしズッコケ探検隊」。ハチベエの行動力とハカセの博学に感心し、当時読みながらワクワクさせられましたが、大人になった今読んでも結構楽しめました。きっと子供椅子に座って児童書にハマっていた私は変なオッさんだったことでしょう。

で、これ実は「ズッコケ中年三人組」という続編があったんですね。小学校6年から一気に40歳まで歳を取っていました。不惑を超えた私が読むべきなのはむしろこっち。コンビニ店長、中学教師、レンタルビデオ店員と、それぞれ家族を持ちながらも冴えない姿がリアルですが、非日常な事件の数々にやっぱりワクワクさせられました。こちらは毎年1歳ずつ歳を取り、50歳になった昨年の「ズッコケ熟年三人組」で完結しています。

ちなみにズッコケの舞台となっている瀬戸内海の町は広島がモデルになっています。作者の那須正幹先生の出身であり、その兼ね合いで原爆関連の著書も執筆されています。

「マチネの終わりに」

matinee

先日毎日新聞の連載小説「マチネの終わりに」が完結しました。昨年3月に連載開始して以来、毎朝通勤電車の中で読むのを楽しみにしていました。この小説は恋愛小説で、私は普段恋愛小説には全く興味がないのですが、読み始めた理由はこの主人公がクラシックギタリストだったからでした。

私もクラシック好きだった親父からお下がりでもらったクラシックギターを1本持っています。もっとも早々に弦はスチールに張り替えてアコギとして使ってきたので、クラシック曲は何も弾けませんが。クラシックギタリストの世界がどういうものか全く知らなかったので興味を持ちました。

主人公の蒔野は私と同世代の40前後。10代のデビュー時から天才として注目され20年のキャリアを重ねてきたが、ここへ来て深刻なスランプに陥る。同時に所属レコード会社も吸収合併されたり担当も変わったりと、色々な流れに翻弄されます。今までロックギタリストの話は多く見聞きしてきたが、クラシックギタリストというのは常に1人でステージに上がり演奏にミスも許されない大きなプレッシャーを受け続けるということも読んで納得しました。

彼が心を寄せるのが洋子。著名映画監督である東ヨーロッパ人の父と日本人母のハーフで、本人はパリ在住の新聞記者。イラク戦争後のバグダッド派遣時にテロに遭いPTSDに悩みます。この洋子も一般的な恋愛小説にはなかなかないような人物設定ですが、これにより色々な世界情勢が絡んできて読み応えがあり、恋愛の行方も途中から予想外の展開で楽しませてもらいました。

これ単行本化されないんですかね。文中に出てきたブローウェルなどの数々のクラシックギターの楽曲も改めてちゃんと聴いてみたいと思いました。

 

「クリムゾン・キングの宮殿 - 風に語りて」 シド・スミス著

クリムゾン・キングの宮殿―風に語りて
シド・スミス
ストレンジ・デイズ
2007-07-27


第1章 どこでもないどこかへ
第2章 世界征服
第3章 勝利の始まりの終わり
第4章 スローリー・アップ、スローリー・ダウン
第5章 インサイド・ザ・サーカス
第6章 沈黙を破って
第7章 マジカル・アクト
第8章 フライング・ハイ
第9章 レッド・ゾーン
第10章 再始動
第11章 再び解体へ
第12章 後ろ向きで進む未来
第13章 未来に見えるもの

来日公演も間近に迫るKing Crimson。1969年のデビュー以来、断続的ながらも長いその歴史の中で、常にメンバーを変えながら音楽を進化させてきたため、奥が深くとっつき辛い印象もある。私も結構好きでアルバムも色々聴いてきたが抜けは多いため、予習にと以前出版されていた本書を改めて読んでみた。当時買って途中まで読んだまま放置してしまっていた。押入れにはそんな本が結構多い。。

Crimsonの歴史には多くの名ミュージシャンが携わっている。発表されてきたアルバムはほぼ毎回違うメンバーで制作されており、つまり毎回誰かが入って誰かが脱退しているわけだ。デビュー当時こそ誰がリーダーというわけではなかったようだが、以降はRobert Frippが絶対君主である。過去のメンバー達は皆彼に対して一定の評価をする一方で否定的なコメントもしているが、それに対するRobertの意図や捉え方というのは全く異なっているのが面白い。Robertは一緒に仕事をするには難しい相手なのだろうとは思うが、それでも彼が牽引し続けたからこそ今のCrimsonがあるのだと思う。

90年代にはオリジナルメンバーで再結成する可能性があったという。結局この話は流れているが、あまりRobert自身同窓会的なものに興味がないようだ。加えてどうにもRobertとGreg Lakeとの不仲も原因のようで、RobertはGregの代わりにJohn Wettonを入れる計画まで立てていたらしい。オリジナル再結成は夢のような話だが、今後も期待できないだろう。

文中でGordon Haskellが当時加入を躊躇っていた理由として「Kings Crimsonの音楽は冷た過ぎて自分には合わないと思った」と言っていた。実際彼らの曲の中には”Cadence And Cascade”のような穏やかな曲や、”Cat Food”のようなコミカル曲もあるものの、このコメントも分からないでもない。ただ単に冷たいとか温かいというものではなく、もっと壮大で革新的な音楽だと思う。だからこそいつまでも根強いファンがいるのだと思う。

私はCrimsonはもっと世界的に成功したバンドだと思っていたが、それほどでもないようで、レコーディング前に資金を調達するためにコンサートを打ったりもしていたらしい。そんな中で日本というマーケットは彼らにとっても大きいようで、今回のジャパンツアーも長い日程が組まれている。恐らく今回が最後の来日だと思うので愉しみたい。

 

『グリンプス』 ルイス・シャイナー著

グリンプス (ちくま文庫)
ルイス シャイナー
筑摩書房
2014-01-08


1. 帰還(ゲット・バック)
2. 蜥蜴の祝祭(セレブレーション・オブ・ザ・リザード)
3. スマイル
4. ブライアン
5. 移行中
6. 新しい日の出
7. ジミ
8. ヴ―ドゥー・チャイルド(つかのまの帰還)
9. 天国
10.レイ

普段読む本というのは大抵ミュージシャンの伝記物が多いのだが、最近は珍しく小説を読んでいた。もっともこれも音楽に関わるものなのだが。1960年代のロック好きには有名な小説、ルイス・シャイナーの「グリンプス」である。

60年代には幻の名盤と呼ばれたものがいくつか存在した。The Beatlesの「Get Back」、The Doorsの"Celebration Of The Lizard"、Beach Boysの「Smile」、Jimi Hendrixの「First Rays Of The Rising Sun」。これらの作品は後の90~00年代に当事者や関係者によって完成されたわけだが、この小説の舞台となる1989年の段階ではまだ幻だった。これはその幻を追いかけるというロック好きのロマン溢れる一冊だ。

ステレオ修理工の主人公Rayは、父親の死後のある日、思い描いた「Get Back」のセッションがステレオから流れてきたことに驚く。自分に不思議な能力があることに気付いた彼は、海賊盤レーベルのグレアムに促されながら、次々と幻の名盤に携わっていくことになる。

その過程の中で、実際に1966年のLAにタイムスリップしBrian WilsonにSmileを完成させるように促したり、1970年のロンドンに行ってはJimi Hendrixの死を止めようと奔走をする場面がハイライトだが、実在する当時の人物や情景が現実のものとして描写され、ロック好きな読み手をワクワクさせてくれる。

また同時にRayは崩壊していた父親や妻との関係にも悩み傷つき清算しようともがき続けるのだが、そんな彼に対してBrianやJimiがアドバイスを与えるというように、単に過去の人物としていないのも物語を興味深いものにしている。

秋の夜長にお勧めの1冊。

 

エリック・クラプトン 自伝 (2008)

エリック・クラプトン自伝エリック・クラプトン自伝
エリック クラプトン Eric Clapton

イースト・プレス 2008-04-01
売り上げランキング : 62875

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Eric Claptonが来日している。チケットまで買っておきながら正直に言うと、私はそれほど熱心な彼のファンではなかった。それでもCreamからDerek & The Dominos、ソロまでの彼の代表的なアルバムは20枚弱ほど持っているし、彼の紆余曲折の人生とそれらが反映された名曲の数々はよく知るところではあった。今回は予習の意味で、かねてから気になっていた彼の自伝を読んでみた。

祖母を母親だと信じていた少年期、親友George Harrisonの妻Pattiへの恋心、事故で他界した愛息など、彼の稀有な悲劇の数々を知ってはいたが、実際に彼自身の言葉で読むと、それがどれほど辛い経験か良く分かる。

音楽的なエピソードも盛り沢山。常に業界の中心にいたため、登場人物もビッグネームばかり。デビュー当時のStonesとは気が合ったが、The Beatlesのことは気に入らなかったとか、親友のJimi Hendrixに左利き用ギターをプレゼントしようとNew Yorkに行った日にJimiが死んだという話等々。

しかし音楽的な成功とは裏腹に、本書のずっと重いテーマとなっているのが彼のアルコール依存症である。それによる人間関係の崩壊や繰り返す入退院などについて赤裸々に吐露されている。だからこそ最終的に依存症を克服しただけでなく、自らリハビリセンターも設立し、幸せな家庭を築くに至るというハッピーエンドが読み手に良い読後感を与えてくれる。

彼はギターの天才である。それだけでなく、絶世の色男であり、大金持ちだ。そんな全てを持っているように見える男が、反面様々なものを失う悲劇の数々に遭い苦悩する。そしてそれらが元になり彼のブルース音楽が生まれてきたわけである。

最後に、非常にベタだけど私がライブで特に聴きたいと思っている楽曲ベスト10を挙げておきつつ、今日の横浜アリーナに向かいます。

1. Layla (electric version)
2. White Room
3. Bell Bottom Blues
4. Tears In Heaven
5. Sunshine Of Your Love
6. Let It Grow
7. Badge
8. River Of Tears
9. Wonderful Tonight
10.Running On Faith (acoustic version)


「アイアンマン」 トニー・アイオミ著

アイアン・マン トニー・アイオミ
アイアン・マン トニー・アイオミトニー・アイオミ 三谷 佳之

ヤマハミュージックメディア 2012-08-31
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へヴィメタル誕生
第1章 カブ・スカウト入団
第2章 イタリア人気質
第3章 パーク・レーンの店
第4章 苦難の学校生活
第5章 シャドウズからの出発
第6章 義指を作ってくれませんか?
第7章 細い弦に助けられたキャリア
第8章 ビル・ワード、そしてレストのメンバーとの出会い
第9章 フリーター生活
第10章 3人の天使、へヴィメタルを救う
・・・

昨年出版されていたTony Iommiの自伝。来日に備えて読んでみた。Sabbathの歴史は長いのでエピソードは山ほどあるのだろう、全部で90章もある。しかしこの手の自伝には珍しく1章ずつはとても短く簡潔にまとまっており、彼独特のユーモアもたっぷりで非常に読みやすい。

まず初期の有名なエピソードな1つは、彼が仕事中の事故で指を切断してしまったというものだ。これは知っていたが、それがこれからバンド活動を本格的に始めるために、止めるはずだった最後の仕事の日に起きたことだったというのは知らなかった。これはあまりにも悲劇だ。しかしそのために、ない指にサックをはめてプレイができるようになるために努力をした不屈の精神は感嘆に値する。

Ozzyも自伝の中でSabbathの初期について回顧しているが、同じ内容でもまた違う角度から見ており興味深い。Ozzyはドラッグやアルコールでハイになってはとにかく悪ふざけばかりしていたわけだが、Tonyについてはバンドを管理しなければいけない立場として、バンドとは少し距離を置いていた様子が書かれている。もちろんドラッグやBillへの悪戯には彼もある程度手を出していたようではあるが。

曲作りについても、他のみんながバーに行っている間、自分一人でやらなければいけないプレッシャーは大変なものであったことを告白している。また音により厚みを加えるためにチューニングを半音下げたことや、初期には曲作りの時間がなかったためにできている曲を長くアレンジしなければいけなかったという話も興味深い。

後年バンドを存続させるために孤軍奮闘するが、なかなか安定しないメンバーたちや、利益を搾取するマネージャー、2度の離婚など、とにかく苦労していた様子が綴られている。そんな中で、いつも彼の心にあったのは、オリジナルメンバーとの再結成であったようだ。この自伝は2度目の再結成に至る前までで終わっているが、オリジナルメンバーで新作を作る心境や、Bill Ward脱退の真相、ガンの克服などについても読んでみたかったものだ。

さて、ではこれから彼に会いに行ってきます。


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