東京都

高幡不動尊

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東京都日野市の名所といえば高幡不動尊がある。正式名は高幡山明王院金剛寺。弘法大師(空海)を宗祖とする真言宗智山派の別格本山である。高幡不動は子供の頃から何度も行ってるが、特に6月の紫陽花で有名なので訪れてみた。

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室町時代に建立された仁王門は重要文化財に指定されている。左右の仁王様はどちらも白いマスクを着用していた。

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1335年建立の不動堂も重要文化財で、時折読経と太鼓の音が聴こえてくる。五重塔は最近の再建だが、遠くからでも見える不動尊のシンボルである。

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新選組の土方歳三は日野の出身であり、彼の菩提寺となっているため、銅像や慰霊碑が立っている。

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奥殿には平安時代の丈六不動三尊(重要文化財)や、土方歳三の書簡など様々な貴重な寺宝が展示されている。

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境内の一番奥の大日堂では、鳴り龍や日本画家 後藤純男の襖絵なども観ることが出来る。

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境内には200種7500株の色とりどりの紫陽花が咲き乱れており、見事なものだった。

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特に多いのは山アジサイ。実は花びらに見える周りの部分はガクであり、中央の小さいのが花にあたる。

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広い高幡山内は八十八ヶ所巡拝路になっており、88体のお地蔵さんがひたすら並んでいる。これを全部回ると結構なハイキングになった。

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高幡山頂は一帯が見渡せる見晴台になっている。中世の頃にはここに高幡城本丸があったと伝えられている。

どうやら今年に入って日野市の財政破綻が明らかになったらしいが、こうした市中の名所がもっと広くアピール出来たら良いのにと思う。

「武蔵野の日々」

musashino

Ⅰ散歩から
  魅力
  光華殿の一夜
  平林寺
  流れ
  六郷用水
  泉の四季
  野の寺
  釣鐘池
  夏の終わり
  並木の村
Ⅱ木立のほとり
  生誕
  嵐の翌日
  けやき
  公園道路第一号
  むぎかり唄
  金色の夕
  野の墓地
  お祭
  酒場の詩
Ⅲ本棚から
  河畔の万葉歌碑
  武蔵野の文学
  独歩と武蔵野
  蘆花とみすずのたはごと
  地名考むさし野
  むらさき探訪

東京都の中央部、清瀬から世田谷あたりは昔から武蔵野と呼ばれていた。この地域の興趣は万葉集の時代から多くの文学や美術に著されている。しかし戦後の高度経済成長期における開発により、今やその面影はほとんど残されていない。本書は失われる直前の武蔵野の姿を伝える貴重な記録である。

1962年、著者は国木田独歩や徳冨蘆花に感銘を受け狛江市に移住する。そこで技術者として勤続する傍ら、休みの日は武蔵野の地をくまなく歩き続けた。ケヤキや樫の林と野と田畑が交互に広がり、その合間を谷や川が走る。そしてそこに農家や民家の村や町が点在する。秋の麦畑で刈り入れる農夫。木陰の泉で野菜を洗う老婆。色鮮やかな自然と素朴な人々の生活が溶け合う。こうした牧歌的な風景が紀行文、エッセイ、詩、写真といった様々な表現を通じて情感豊かに綴られている。

さらに著者は古典から近代にかけての武蔵野にまつわる文学研究や、武蔵野という地名の由来の考察、かつて自生していたという名草むらさきによる染め物の研究など、多角的な検証も行っている。実際に染めた紫の片布も挿し挟む遊び心も趣深い。

実はこの著者が今のギャラリーコンティーナの社長さんである。川崎の森のギャラリーが2018年の暮れに閉館したが、昨秋にめでたく横浜市青葉区で復活された。今春に武蔵野をテーマにした絵画展を開催されていて、その際にこの著書を貸して下さった。1967年に自費出版された本書は既に絶版だが、実に武蔵野愛に溢れる名著だった。私の美術の先生は武蔵野の先生でもあったのだった。

平山季重公を訪ねて

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最近は外出自粛によりあまり出掛けることが出来ないので、近所の散歩くらいで我慢をせざるを得ない。しかし私が今住んでいる日野市平山という地域は歴史も自然も豊かであり、徒歩圏内でも結構見所はある。そもそもこの地名は、平安時代末期の源平合戦で活躍した武将 平山季重公に由来する。今回はその季重公を訪ねる散策をしてみた。

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起点は京王線平山城址公園駅。ここにかつて季重公の居館があったということで居館跡碑と季重公霊地碑が立っている。

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同じ駅前にある平山季重ふれあい館。季重公についてのパネル展示があり、併設の平山図書館には多く資料が所蔵されている。

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駅前から数分歩くと宗印寺という立派な寺がある。ここに平山季重墓があり、東京都の旧跡に指定されている。

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またこの宗印寺の境内には季重公の木造座像も鎮座している。源氏勢で戦功を収めたが、晩年は仏門に帰依したらしい。

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宗印寺の脇から多摩丘陵の山道を登っていく。コナラの新緑やウグイス・ガビチョウ等の小鳥のさえずりが気持ち良い。

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しばらく登ると急に展望が開ける。日野や八王子の街並の向こうには、富士山や奥多摩の山並みが広がる。

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さらに山道を登る。稜線に出るとそこにひっそりと平山季重神社が立っていた。小さいが趣き深い山社だ。

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この先に都立平山城祉公園がある。季重公の見張所があったらしいが、今は特に城跡は残っていない。

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ただ結構広い自然公園で、園内には季節によって桜やコブシ、レンギョウにヤマツツジなど様々な花が楽しめる。多摩丘陵の稜線を辿れば南平や高幡不動まで行くことも出来るので、一日楽しむこともできるだろう。

百草園

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東京都日野市に百草園という日本庭園がある。この時期に梅まつりが開催されていたので行ってみた。

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園内には白やピンクの様々な種類の梅が咲き乱れていた。ロウバイなど早咲きは終わりかけだったが、中咲きの梅が満開だった。

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百草園で有名なのが寿昌梅。小田原藩大久保忠増室の寿昌院が徳川信康のために植樹したとされる。

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藁葺屋根の松連庵を中心とした庭園は風情があり、梅の花々に彩られ非常に絵になる。

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多様な梅の中で最も印象的だったのがマンゲツシダレ。枝垂れ梅というものを初めて見たが、池に枝垂れる様子は風流だった。

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当地は多くの歌人にも愛され、若山牧水はここで多くの失恋歌を詠んだらしく、長男設計の歌碑があった。

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松尾芭蕉の句碑もあった。
「志ばらくは 花の上なる 月夜かな」

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園内では食事も取ることができ、山菜蕎麦や味噌団子、コンニャク団子を賞味した。

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見晴台からは都心の方まで見渡せた。ここは紫陽花や紅葉の時期も綺麗らしいので、また訪れたい。

八丈富士登山

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年末の八丈島探訪での最大の目的は島の西部にそびえる八丈富士こと西山の登山だった。当初は2日目の朝に登る予定だったが、着いた初日が快晴で、翌日から天気が崩れるというので、急遽予定を変更してすぐに向かった。娘もそのつもりだったようで、ついてきてくれた。

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5合目までは車で上がれる。駐車場に車を停めて登山開始した。

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登山道はひたすら階段が続く。640段が中間地点で、娘は既にバテバテでしきりに帰りたがる。

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眺望が開け振り返ると三原山(700m)が見えた。ここで娘は思い出したようにヨガを始め、これで元気回復した。

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右の海には応援するように八丈富士の巨大な影が映っていた。

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約1時間で火口に到着。日は沈みかけているがゴールはここではない。

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巨大な火口内には断崖絶壁と広大な森が広がっていた。この火口内には浅間神社もあるのだが、残念ながら今回は時間がない。

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お鉢の稜線を辿るが結構なナイフリッジ。この日は無風だったが、強風時は少し危険だ。

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山頂に沈む夕陽。絶景に思わず息をのむ。ただ見えている山頂にはなかなか近付けない。

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遂に八丈富士の山頂(854m)に到着。標高以上の高度感だ。巨大な火口とそれを囲むお鉢の稜線、さらにその四方には夕焼けに染まった海原と大空が見渡す限り広がっている。娘も「今までで一番達成感がある」と言ってくれた。

下山が遅くなってしまったので、駐車場手前あたりでは真っ暗に。ヘッドライトがあって良かった。本当はお鉢回りをしたり、火口内の浅間神社にも行ってみたかったが、今回は時間がなかった。また来た時に再挑戦したいものだ。

八丈島探訪

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年末に2泊3日で娘と両親を連れて八丈島に行ってきた。娘が寒いところはイヤと言うので、伊豆諸島の中でも以前行った三宅島・式根島よりもさらに南を目指した。船だと丸一日かかるが、飛行機だと羽田から1時間弱と近い。実際着いてみて実感したが、さすが南国、冬でも暖かい。

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昼に到着し、まずは腹ごしらえに明日葉そばを食する。明日葉は島のあちこちに生えており、島料理のあらゆるものに使われていた。

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元々は2日目に八丈富士に登るつもりだったが、着いた初日は快晴。翌日から天気が崩れるという予報だったので、急遽娘と山へ向かった。これについてはまた来週。

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宿泊先は八丈ビューホテル。夜は豪華な島料理に舌鼓を打つ。辛子を付けるという島寿司も美味かった。

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2日目は少し曇り。まず向かったのは服部屋敷。東京都無形文化財にもなっている樫立踊りと八丈太鼓を堪能した。

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軽くハイキングして裏見ヶ滝へ。島東部の三原山周辺は森が深くて非常に自然が豊かだ。

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続いては足湯きらめきへ。火山島なので温泉も多い。娘はなかなか離れようとしなかった。

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島内のあちこちに展望台があるのだが、その中で一番良かったのは登龍峠。島の街並と八丈富士が一望できた。

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黒い溶岩の海岸が広がる南原千畳敷。奥に見えるのは50年前までは人が住んでいたという八丈小島。これも登ってみたかった。

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夜は映画「今日も嫌がらせ弁当」のロケ地にもなったお食事処通。美味しい食事と温かい人情、そして沢山の猫達が忘れ難い。

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3日目は遂に天気が崩れた。八丈富士の中腹にあるふれあい牧場では強風雨に見舞われた。

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順序が逆になったが、最後にビジターセンターへ。目当ての光るキノコも見ることができた。

ひょうたん島こと八丈島。同じ東京でもコンビニはないし、夜も暗い。でもここには山あり海あり温泉あり、島料理あり人情あり歴史あり。大変気に入った。また来よう。

式根島探訪

先日短い夏休みを取って、2泊3日で式根島に行ってきました。
式根島は伊豆諸島に浮かぶ小さな島。本当は2年前に行くはずでしたが、当日台風のため船が出ず、今回が2年越しのリベンジ航海でした。
 
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以前三宅島に行った時は、竹芝から大型客船の甲板で夜景や海風を楽しみながらのんびりと行ったのですが、今回は嫁子供がいるのでジェット船で。
 
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途中大島を経由しつつ、2時間40分で式根島の野伏港に到着。港には民宿のおじさんが車で迎えに来てくれていました。
   
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宿に荷物を置いたら早速 泊海水浴場へ。とにかく水が綺麗で、青いソラスズメダイなど色んな魚が沢山泳いでいました。
 
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ここは扇型の入江になっており波も穏やか。普段は波を怖がる娘も大はしゃぎでひっくり返るの図。

夜は民宿で腹一杯海の幸とビールを堪能 (画像は撮り忘れました)。
かなり古い民宿で寝ている間に天井裏をネズミ?が走り回っていて賑やかでした。。

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2日目はレンタカーで島を一周。と言っても30分もあれば一周できますが。

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神引展望台に上って望んだリアス式海岸は絶景でした。ここは元々火山の火口のようです。

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この島は海中温泉も有名。この松が下雅温泉も風情がありましたが、熱くて入れませんでした。。

午後はまた娘の要望でビーチへ。でもラッシュが嫌いな私はもう日焼けが痛くて基本見学で。。
夜は散歩に出て、ペルセウス座の流れ星を見つけた後、暗い夜道で娘を怖がらせて遊びました。
そして3日目の朝またジェット船で島を後にしました。

今回普段の生活と出来るだけ異なる環境へ行ってみようと思い、一番小さい式根島を選んでみましたが、予想以上に楽しめました。今年式根島は開島130周年ということで、タイミングも良かったのかもしれません。次はまた違う島に行ってみたいと思います。

イルカと泳いだ日 後編

翌日は最終日。遂にイルカに会いに行く。早朝に漁船に乗り、隣島の御蔵島を目指す。この御蔵島、日本で唯一野生のイルカが生息している島としてダイバーにも有名である。ただしアクセスが楽ではなく、漁船で片道1時間の船旅に耐えられるかどうかが鍵となる。この日は曇り、最初は船旅を楽しんでいた生徒たちから、徐々に笑顔が消えていき、何人かはビニール袋か船の外に顔を投げだす。1時間後、絶壁に囲まれた島が近づいてきた。

島の周囲をゆっくり回っていると、突如船長が叫んだ。「いたぞー!」 見ると海面に三角の背ビレが4~5つ、ゆっくりと固まって動いている。これを合図に動ける者たちは、急いでフィンを履き、マスクとシュノーケルを装着する。そしてインストラクターに続いて一人ずつ勇気を出して海面に飛び込んでいった。水面から海の中を覗くと、海底ははるか下に見える。水深20~30mほどだろうか。幸いウェットスーツを着ているから溺れる心配はないが、泳ぎに自信がない子は、これに少しひるむ。

海中を覗きながら、インストラクターの進む方向に皆必死に泳いでいく。すると「キューン」という甲高い鳴き声とともに、前方から先ほどの背ビレの主たちが悠然と眼下を泳いできた。1匹2~3mくらいだろうか、水上で見えた背ビレから予想するよりも大きく見える。ここで何人か技術のある者たちは、ジャックナイフを試みた。息を止め、海中深くへ潜り、イルカたちに近づく。しかしイルカの水深まで潜れるのはインストラクターくらいで、彼だけ魚のように泳いでいき、イルカの群れに合流していた。

水面に上がった生徒たちは興奮気味だった。「いたー!」「すげー!」 マスクをはずして叫んでいた。しかしのんびりしている暇はない。次の群れを探すために、船に戻る。そして船のへりにまたがって、また船長の合図があるまで待つのである。結局全部で10本くらいダイブしただろうか。この日は数十頭のイルカに対面することができ、しかも彼らの機嫌が非常に良く、我々の本当に近くまで来てくれた。よく心に邪心があるとイルカに近づくことはできないと言われるが、手が届きそうなところまで近付けた今年の私の心は、きっと去年よりも澄んでいたのだろうか(笑)

1本のダイブはかなり体力を消費するため、10本のダイブを最後まで全て飛び込んだのは、2人の男子生徒と1人の女子生徒と私くらいのものだった。しかし今回参加した生徒は、とりあえず全員1回以上はイルカに対面させることができた。船に酔って最初動けなかった生徒も、浮き輪などを使って飛びこませ、何とか体験をさせてやれたことが、我々の一つの達成であった。

しかしこの後に試練が待っていた。1時間ほどのダイブを終えて三宅に帰る船旅は、凄まじいものだった。予想以上に風が強くなり、波は荒れ、船の揺れを大きく増幅させていた。前後左右に大きく揺れ続ける船から振り落とされないように、全員甲板にしがみつき、弾丸のように飛んでくる波の水しぶきの痛さに耐え続けなければならなかった。胃が空っぽになるまで吐き続け、体温はどんどん下がっていき、動く気力も余裕もなく、それぞれ"生きてるか?"とお互い目で合図をするのが精一杯だった。その様子はさながら、アフリカから連行されて大西洋を航海した黒人奴隷船のようであった。永遠に感じられた1時間の帰路の末、「もうすぐだぞー!」という叫び声に促され、目をやった先に三宅島の陰影が見えた瞬間に、生徒と交わしたガッツポーズとピースサインが印象的だった。

三宅に到着した際には、喜ぶ者、泣き出す者、ボロ雑巾のようになり自力で動けない者など、様々だったが、一旦宿に帰り、温かい風呂に入れさせた後には、ようやく全員に笑顔が見られ、私たちもホッとした。

今回の旅では、大自然の大きさをまざまざと見せつけられた。自然は荒々しさと美しさの両面を持っており、それぞれがあるからこそ、その両面が際立つ。そうした大自然の前では人間などは何てちっぽけな存在だろうか。そんなことを考えながら、帰りのフェリーの甲板に立ち、少しずつ遠くなる三宅島を眺めていた。


イルカと泳いだ日 前編

先日2泊3日で伊豆諸島の三宅島に行ってきた。目的はスキンダイビングでイルカに会うこと。ダイビングショップのインストラクターと一緒に生徒を10人ほど引率。このツアーは去年も行ったので、今年は2回目となる。

初日の夜、竹芝桟橋から東海汽船のフェリーに乗り、東京や横浜の夜景に見送られて出航。約7時間後の翌早朝、三宅島に到着した。

1年ぶりに見る三宅島は、昨年に比べ、緑が少し増えた印象。かの2000年の火山噴火による溶岩流によって焼け野原となった三宅島だったが、その自然の治癒力に恐れ入る。

また港に迎えに来て下さった民宿のご主人にも車中話を伺ったが、彼も避難解除が出るまでの間、東京の八王子へ避難を余儀なくされていたらしい。すぐ帰れると思っていたが、結局4年間故郷の地を踏むことはできず、その間生活のために仕事を探したが、短期だとなかなかどこも雇ってくれなかったそうだ。

民宿で仮眠を取った後、快晴の下、湾内のビーチでスキンダイビングの講習。ウェットスーツを着て水に入り、シュノーケルでの呼吸の仕方や、耳抜きをしてジャックナイフで(直角に)海底に潜っていく方法などをインストラクターに教えてもらう。ウェットスーツを着ているので溺れることはないが、隙間から入る水が冷たい。それでも水中で小魚や小蟹を見つけて、生徒たちも嬉しそう。

飽きた頃に、5mくらいの飛び込み台から皆で飛び降りて遊んだりもしながら、最終的に数人を除いて皆そこそこ潜れるようになった。

夜は魚づくしの料理で腹を満たした後、夜道を散歩し満天の星空を眺め流れ星を数える。そして花火&スイカ割り。昼間上手く潜れなかった生徒たちも、この夜は満足できたことだろう。

(続く)


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