北海道

ムツゴロウさん他界

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今春は訃報が多かった。ムツゴロウさんこと畑正憲氏も亡くなった。享年87歳だった。

子供の頃はいつも家族でテレビ特番「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」を観ていた。「よーしよしよし、可愛いですね」とライオンなどに噛まれながら笑顔を絶やさないムツゴロウさんの姿はかなり衝撃的だった。しかし大自然の中で動物に囲まれた生活に憧れ、大人になったら動物王国に弟子入りしたいと考えていた。

ムツゴロウさんが脚本・監督で製作した映画「子猫物語」も忘れ難い。北海道の大自然と動物達の交流は強く印象に残り、娘が小さい頃にも一緒に観返した。この音楽を製作したのが、時を同じくして他界した坂本龍一氏だったことを最近になって知った。

ムツゴロウさんの著者を読んだのは大人になってからだった。医学や映画製作から作家への転進、麻雀などのギャンブル好き、動物王国建設への準備などの背景が実直に綴られいて、好々爺というイメージが変わった。

実際に弟子入りに来る若者も多かったようだが、使い物にならなかった者も多かったようだ。人間に対して警戒心の強い野生動物を保護して育てるというのは、簡単なことではない。多様な動物の生態を理解し、愛情と根気をもって汚れ仕事も行った先に、初めて動物達のなつきや誕生に出会える。それを出来るのがムツゴロウさんだった。

RIP

羊蹄山

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先日の北海道の旅の最大の目的は羊蹄山(1,898m)を見に行くことだった。羊蹄山は別名「蝦夷富士」とも呼ばれている通り、富士山に非常によく似ている。日本全国には色んなご当地富士があるが、その中でも特に見事な山だと思う。

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羊蹄山に登ったこともあるという洞爺湖畔の食堂のおばちゃんは、本物の富士山を見た時に全く感動がなかったと言っていた。標高が全く違うことを分かってはいても、これだけ似ていれば仕方ないだろう。

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かつて深田久弥は「日本百名山」の中で「この山を単に羊蹄山と略して呼ぶことに私は強く反対する。古く日本書紀斉明朝5年(659年)にすでに後方羊蹄(しりべし)山と記された歴史的な名前である」と書いていた。しかし地元の人は皆羊蹄山と呼んでいたし、誰も後方という意識はない。

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羊蹄山は真狩村・ニセコ町・倶知安町・京極町・喜茂別町と5つの町村にまたがって位置しているが、各地の人々は自分の住む土地から見る羊蹄山が一番だと言っている。今回の旅では一周して全方位から眺めてみたが、正直あまり違いが分からなかった。富士山についても山梨と静岡の人達は同じように言っているが、その土地の拘りがあるようだ。

地元に誇れる山があることは羨ましい。雪がなくなるのは7月らしいので、その時期に一度登りたいものだ。

春の北海道

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先月また北海道に出張で行った。大抵空港絡みの仕事がメインなので、初日は千歳で諸用をこなす。そして翌日は休みを取っていたので、夜レンタカーでそのまま洞爺湖温泉へと向かった。

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泊まりは安い旅客ホテル。素泊まりで5500円だが、設備も値段相応。でも温泉は良かった。

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夜は近くの定食屋で海鮮丼とサッポロビール。店のおばちゃんが2000年の火山噴火の時大変だった話を色々してくれた。

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翌朝なぜかまた夜明け前に目が覚めたので湖畔を散歩。朝焼けの洞爺湖が美しかった。

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前夜のおばちゃんの話を聞いて、金比羅山火口を見に行ってみた。その巨大さに噴火の凄まじさを実感した。

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北へ進むと近づいて来るのが羊蹄山(1,898m)。今回はこれを見るのが最大の目的だった。これについてはまた後日。

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その西にあるのがニセコアンヌプリ(1,308m)。今や世界的に有名なスキーリゾートであり、もはや日本ではなかった。

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羊蹄山の東側にある尻別岳(1,107m)は羊蹄山と対になる山である。羊蹄山ほど高くはないが、気になる山だ。

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最後に支笏湖に寄って、風不死岳(1,102m)と樽前山(1,041m)を拝んだ。樽前のドームからはこの日も噴煙が上がっていた。

他にも有珠山(737m)や徳舜瞥山(1,309m)、恵庭岳(1,320m)などひたすら山の写真を撮りながら走り回った。北海道のこのエリアはとにかく火山だらけで独立峰が多い。山容はどれも特徴的で、雪化粧をした様子はみな見事。峠の路面も雪はなくドライブ日和だった。次は見るだけでなく、どれか登りたいものだ。

「相原求一郎の軌跡」

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「生誕100年没後20年 相原求一郎の軌跡 -大地への挑戦-」を観に川越市立美術館へ行って来た。川越は初めてだったので、小江戸の街並みを散策しながら行った。

相原求一郎(1918-1999)は川越出身の洋画家である。戦時中は満州に従軍し、戦後は家業を経営しながら画業を続けた。人物はほとんど描かず、ダークな色彩の風景画を得意とし、その画風は正に日本のフリードリヒと言えるだろう。

本展はⅠ期とⅡ期に分かれ、Ⅰ期は初期から中期まで、Ⅱ期は後期から晩年までが展示されていた。

ただ画風は年代によって大きく異なる。最初期は写実的な画風だったが、戦後猪熊弦一郎に師事してからはキュビズムに影響を受けた作品を描いている。しかし当時席巻していた抽象画の風潮に自らの方向性を見失う。そんな折に転機をもたらしたのが、この頃に訪れた北海道の風景だった。果てしなく広がる荒涼とした大地に、かつての満州を重ね合わせ、自身の本当に描きたいものを見い出す。以降北海道は彼のアトリエとなる。

私が好きなのはここから。それまでナイフで厚塗りをしていた抽象表現は薄れ、緻密な写実表現が開花する。しかしここには青い空も輝く太陽もない。灰色の曇天の下に広がる白い雪原や黒い木々だけのモノクロの世界だ。そしてそれがこの上なく美しい。特に「北の十名山」は筆舌に尽くしがたい。

私も若い頃に北海道に住んでいたことがある。札幌の友人に誘われてしばらくベンチャーの真似事をしていたが、仕事は上手く行かなかった。金もなく、知り合いもほとんどいない。そんな私が見た真冬の北海道は、どこまでも厳しく、どこまでも美しかった。

相原求一郎の作品に解説者は温かさや希望を見い出したがるが、私はそんなものは全く感じない。あるのは大自然に対する畏怖と極限の寂寥感である。そこにフリードリヒと共通する共感を感じるのである。

秋の北海道

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北海道に出張に行ってきました。本来は日帰りの予定でしたが、それではあまりに味気ないのでもう1泊することに。その場合は旅費片道も実費になるのですが、プライベートの片道が浮くと考えればマシです。

北海道の秋は短い。10数年前に札幌に住んでいたことがありますが、紅葉が見られるのはせいぜい10月の1ヵ月間程度。11月になれば雪が降り始め本格的に冬に入ります。この紅葉が見ものなのですが、実際観光客はほとんど来ないのでお薦め。木々は見事に黄色と赤に染まっていました。

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 支笏湖と風不死岳                  

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 少し雪化粧をした樽前山

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 鷲別岳方面                   

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 オロフレ峠から望む羊蹄山       

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 洞爺湖と中島                  

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 西昆布岳に沈む夕陽


この日は雲一つない晴天。どれか1つでも山に登りたかったですが時間も装備もありませんでした。いずれまた。

北の国



先週一足早い夏休みを取り、家族と北海道に旅行に行ってきた。4日間で旭川から登別まで南下する行程だった。登別では雨に降られたが、私にとって一番の目的だった富良野・美瑛は晴天だった。

私が富良野・美瑛に惚れ込むようになったのは、ドラマ「北の国から」がきっかけだ。今月も旅行気分を盛り上げる目的もあり、ずっと借りて見ていた。(先日俳優の地井武男さんが亡くなったというのもある。) 私はもともとこのドラマはスペシャル編以降しか見ていなかったのだが、この機会に連続ドラマの方も見てみた。そして改めて名作だと感じさせられた。こんなに見る度に泣かされるドラマは他にないと思う。五郎さんを始めとする登場人物たちの温かい人情味。さだまさし氏による音楽。そして雄大な富良野・美瑛の情景。



私も以前北海道に住んでいたことがある。当時札幌にいる大学時代の友人に、一緒にベンチャーをやらないかと誘われたからだった。今からちょうど10年前、2002年6月のことだ。結局1年半北海道にいたが、仕事はうまく行かず、金もなく、この頃は私にとって青の時代と呼ばれている。

「北の国から」を初めて見たのもその頃だった。向こうの人達との会話の中で、ことあるごとに話題にのぼっていたので、これは道民として見とかなければいけないのだろうと思ったのだ。そしてそれは乾いていた私の心に染みた。特にスペシャル編の中で大人になる純が人生にもがく姿が印象的だった。

その後私はドラマの舞台となっていた富良野・美瑛を訪れた。1年半の間、夏に1回、冬に1回。真っ青な大空の下に、夏は緑、冬は真っ白の景色がどこまでも広がっていた。それまで私は、なぜ北海道に来たんだろう、ここで一体何をしているんだろうと、ずっと自問自答していた。それがその雄大な景色を目にした時に、初めて北海道に来て良かったと思えたのだった。

富良野・美瑛を訪れたのは、今回の旅行で4度目になる。1・2度目は1人で、3度目は結婚直前に2人で、そして今回は娘も連れて。次に来た時には、娘と同じ感動を共有できたらこれ以上嬉しいことはない。


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