山と旅

TAKAO 599 MUSEUM

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東京多摩にある高尾山は人気の高い山である。京王線でアクセスしやすく、599mと低山ながらも登山ルートもバリエーションに富み、薬王院など見所も多い。最近はミシュランガイドにも紹介されたことで、外国人旅行者も増えた。

その高尾山でもみじ祭りがあるというので週末に試しに行ってみたのだが、案の定スゴい人混み。登る気を失くして、ケーブルカー麓駅前で団子を食べながらイベントを少し見た後、TAKAO 599 MUSEUMに寄ってみた。ここは最近出来た所で、高尾山の自然を紹介しているのだが、単なるビジターセンターとは趣向が異なる。

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白を基調にした館内にはショーケースが整然と並んでいる。

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ショーケースの中には様々な自然の生物が飾られているが、真空保存した花々が美術品のようだった。

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木の葉も非常に分かりやすく展示されている。

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動物の剥製たちも沢山いるが、いちいち名前を付けていないところもアートっぽい。

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時折バックの白壁にプロジェクションマッピングの映像も流れる。前説では英語も交え、インバウンド対応もされていた。

地元のスイーツを堪能できるカフェや、木工クラフトの体験の他、様々なイベントもやっていた。高尾山に登らなくても楽しめるが、登りたいという気にもさせてくれるMUSEUMだった。

天覧山登山

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今から20年ほど昔、私はある英会話スクールのマネージャーとして、埼玉県飯能市で勤務していた。電車の便が悪かったため、片道1時間余りかけて国道16号を車で2年間通勤していたものだった。

先日懐かしくなり行ってみたのだが、久しぶりに訪れた飯能の街はほとんど変わっていなかった。もっともスクールは私の退職後に経営破綻していたので跡形もなかったが。。

飯能の駅前には多くのハイカーの姿があった。最近飯能や近くの天覧山は「ヤマノススメ」という登山アニメの舞台になった影響で聖地化しているらしい。予定にはなかったが、せっかくなので天覧山へ行ってみることにした。

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既に日が沈みかけていたが、山の麓に車を停め、登山口から登り始める。麓には能仁寺という寺がある。

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登山口を行くとすぐ左手に立派な忠霊塔が立っていた。

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わずか数分後に広い天覧山中段に到着。ここからも展望が開けていた。

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急に沢山の仏像に出くわした。十六羅漢といい、能仁寺が徳川五代目綱吉の病を治したことに対する生母 桂昌院からの寄進らしい。

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山頂直下は急な岩場となっていた。

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登山開始からわずか10分で山頂(195m)に到着。山名は明治天皇による登頂が由来らしい。

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山頂からの眺望は良いのだが、あいにく曇天のため富士山は見られなかった。

今回は登山と呼べるほどのものではなかったが、低山ながらもなかなか歴史深い山だった。こんな山が住む街にあると良いだろうな。

小島烏水「日本アルプス 山岳紀行文集」



1. 鎗ヶ嶽探険記
2. 山を讃する文
3. 奥常念岳の絶巓に立つ記
4. 梓川の上流
5. 雪中富士登山記
6. 雪の白峰
7. 白峰山脈縦断記
8. 日本北アルプス縦断記より
9. 谷より峰へ峰より谷へ
10.飛騨双六谷より
11.高山の雪
12.日本山岳景の特色
13.上高地風景保護論
14.不尽の高根

先日のウェストンに続いて今回は小島烏水を取り上げたい。日本で最初の山岳会(後の日本山岳会)の創設者である。

小島烏水(1873-1948)は横浜の銀行員、つまり一介のサラリーマンだったが、山に対する情熱は並々ならぬものがあり、毎年有給を駆使して各地の山々を踏破し続けていた。まだ地図もなく猟師や修験者以外は山に登る者などいない時代である。元々文才もあったため、多くの紀行文も残しているが、その代表作が全4巻の「日本アルプス」であり、本著はそのハイライトを抜粋したものである。

冒頭に収録されている”槍ケ嶽探検記”は次のように始まる。「余が槍ケ嶽登山をおもひ立ちたるは一朝一夕のことにあらず。何が故に然りしか。山高ければなり。山尖りて嶮しければなり。」最初はこのような漢文体、後年は口語体と、時代により文体も変化しているが、言葉の美しさは変わらない。

苦労の末に槍ケ嶽登頂に成功し喜んだのも束の間、自分よりも先に登頂し紀行文を発表していたウェストンの存在を知ることになる。そのウェストンを訪ねた際に、日本でも山岳会を作ることを勧められるのである。この2人の出会いが日本登山史の幕開けとなった。

もう1人烏水に大きな影響を与えたのがジョン・ラスキンである。烏水の文章には山中で観察される岩石や植物について詳述しており、彼の博学にも感嘆するが、ラスキンも同様だった。また烏水も山と同じ位に美術を愛し、山岳画のみならず美術全般に通じていた。彼の収集した国内外の版画のコレクションは膨大なものであり、後年に横浜美術館に寄贈されている。

私が再び山にハマったきっかけは横浜美術館で観た丸山晩夏と大下藤次郎の水彩画だったが、これらも彼らと親交のあった烏水の所蔵だったらしい。烏水に感謝しなければいけない。

「北丹沢讃歌 ~我心の山~」

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日頃毎日新聞を購読しているのだが、中でも最も楽しみにしていたのが、季節毎にカラーで神奈川県版に掲載されていた丹沢の写真だった。春の山麓の桜、初夏の山稜のシロヤシオ、秋の紅葉、冬の霧氷。色、構図、タイミングなど、全てが絶妙な作品ばかりで、まとめて写真集にしてほしいと思っていた。

撮影者はいつも同じ方だった。白井源三さん。調べてみると県内在住の写真家で「神奈川県の山」の執筆者でもあった。それ以来県内で写真展があると足繁く通うようになった。橋本のギャラリープラットで開催された「富士山を丹沢より望んで」では、蛭ヶ岳周辺から撮影された見事な富嶽の数々が展示されていた。また相模原公園で開催された「南米紀行」では、アコンカグア、マチュピチュ、パタゴニアなどの素晴らしい風景が展開されていた。

行くといつも気さくに撮影のよもやま話を聞かせて下さった。特に丹沢のことは何でもご存知で、檜洞丸のシロヤシオについて教えて頂いた折には、すぐに登りに行った。私の丹沢の先生だった。

今回の県外への引越しでもう先生の新作を見ることが出来なくなったのは残念でならない。直接売って頂いた写真集を眺めつつ、来年の写真展を楽しみにしている。その前に先生の仕事場である蛭ヶ岳は踏破しなければ。

箱根探訪

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分散して取った夏休みの最後は箱根に行って来た。また今年も来日したアメリカの叔母とその友人、そして両親を車で連れて行った。

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蕎麦が食べたいとのリクエストで、仙石原の座りやへ。ここは蕎麦屋なのにタピオカも人気だ。

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叔母と友人がアート好きなので、続いて行ったのはポーラ美術館。開催中の企画展は現代アート中心だったが、コレクション展示でルノアールやモネなども観ることが出来た。

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この夜泊まったのは湯本にあるマイユクール祥月。部屋に用意されたウェルカムデザートや、夕食の可愛らしい前菜の盛り合わせなど、女性に受けの良さそうなホテルだった。

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翌朝はあいにくの雨。芦ノ湖で海賊船という希望もあったが断念。代わりに箱根ホテルのカフェで湖畔を眺める。

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大涌谷も通行止めで行けず、やむなくラリック美術館へ。ルネ・ラリックはカーマスコットしか知らなかったが、女性や自然生物をモチーフにした見事なガラス工芸の数々に見入った。

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ラリック美術館の庭園には、モネの睡蓮の庭が再現されていた。

結局箱根は2日間雨と曇りというあいにくの天気だったが、結果的に今回は少し小洒落た旅となった。

宝永山登山

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先週娘と富士山へ登ってきた。と言っても山頂はまだ無理なので、中腹にある宝永山を目指した。ここは1707年に大噴火のあった火口で、新田次郎の「怒る富士」を読んで気になっていた。

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まず裾野にある富士山資料館に立ち寄り、富士山についてお勉強。小さめだが結構見応えがあり、娘は富士山パズルにハマっていた。

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夏の富士宮口はマイカー規制のため、水ヶ塚公園に駐車してバスに乗り換える。シーズン終盤でも結構混んでいた。

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富士宮口五合目は完全にガスっていた。2400mの標高に慣れるため、ここで昼食を取りのんびり人生ゲーム。

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登山道を登り始めると、あちこちにこんな花畑が広がっていて、娘がしきりにデジカメを構えていた。オンダテという高山花らしい。

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この日泊まる六合目の雲海荘へ到着。部屋は半個室。山荘の方々も皆優しく、娘とオセロまでしてくれた。感謝。

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翌朝は気持ち良く晴れた。宝永山の方面から5:30頃に御来光も現れた。娘はどうにも起きなかったが。。

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前夜弾丸で登って行った人達が何人もいたが、富士山頂方面も良く晴れていた。

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六合目から10分程度で宝永火口縁に着く。前日行った時にはガスっていて何も見えなかったが、この朝は巨大な火口が見渡せた。

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火口底に降りるとその大きさが良く分かる。赤黒く固まった溶岩と緑の草地のコントラストが綺麗だった。

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宝永山頂(2693m)は意外に遠く、登山道も砂礫で非常に登り辛く娘は苦戦した。中腹まで登り断念。逆に下りは砂走りで早かった。

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下山後、御胎内温泉で汗を流した後、せっかくなので御胎内溶岩隧道に入ってみた。ヘッドライトで探険隊気分を味わえた。

本当は夏の星座観察という娘の夏休みの宿題目的もあったのだが、前夜は月しか見えず。でも日記のネタにはなったかな。

『フリーソロ』

Free Solo (fka Solo) [DVD]
National Geographic
2019-03-05






先日の台湾出張の際に飛行機の中で観た映画。一緒に行った同僚は趣味でボルダリングをしているので、彼女と一緒に観てみたのだが、これが凄まじかった。

主人公はアメリカのトップクライマー、アレックス・ホノルド(Alex Honnold, 1985-)。映画の中で彼が最初に登るのはヨセミテ国立公園のハーフドーム。ヨセミテは緑の森とそれを囲む白い断崖絶壁のコントラストが美しい大渓谷で、その奥にハーフドームはある。ほぼ垂直の絶壁をロープもビレイも使わずに登っていくのだが、1つ指先やつま先を滑らせただけで死へと直結する。映し出される絶景はこの上なく美しい。しかしそこで繰り広げられる超人的なクライミングは見ているだけでも恐ろしい。

そして彼が最後に目指すのは同じヨセミテにある聖地エルキャピタン。かつて誰もフリーソロで成功した者がいない975mの絶壁だ。これはアクション映画などではない。死を撮影することになるかもしれないというカメラクルー達の苦悩。彼を応援しきれない恋人の心境。怪我を克服しつつも、そうした周囲のプレッシャーと恐怖に苛まれるアレックスの葛藤。全てがリアルに晒け出されている。2年間かけてルートを確認し、全てのムーブを頭に叩き込み、登り始める。最後の20分間は神懸かり的だった。

本作は本国でアカデミー賞を受賞。日本では9月に公開予定となっている。


台湾出張記

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台湾の台北に出張に行って来た。前回従弟の結婚式で行って以来で4年ぶり。今回は同僚の女性と2人旅。羽田から3時間半で松山空港に到着。短い空旅だったが、エバー航空は食事も出た。

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空港からタクシーで10分ほどで泊まるTai Hope Hotelに到着。ドライバーにはホテルの英語名が通じず、中国語読みも分からないため苦労した。

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ホテルでしばらく仕事をした後で、夜は外に食べに行った。小龍包目的にディンタイフォンに行ってみたが100分待ちで断念。代わりに臨江街夜市に行った。以前行った士林よりは小さいが、色んな屋台は見るだけでも楽しい。

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地元の人しか入らないちょっと怪しげな屋台に入り、試しに臭豆腐を食べてみた。強烈な匂いにも関わらず、意外に美味かった。

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お供は台湾ビール。やっぱり南国のビールは薄めでスッキリした感じ。

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今回の出張の目的は人材の採用。2日目に市内某所で多くの応募者と面接を行い、最終的に3名の方に内定通知書をお渡しした。夜は懇親会で、念願の小龍包を囲んだ。同僚は油っこい中華続きで胃もたれしていたが。

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滞在中に地震はあるわ、台風も来るわで色々大変だったが、大きな収穫のある出張だった。食べる以外に観光の時間は全くなかったが。また来る機会はあるだろう。

ウォルター・ウェストン「日本アルプスの登山と探検」




ウォルター・ウェストン(Walter Weston, 1860-1940)。日本アルプスの父であり、日本近代登山史のルーツ的存在である。今日は彼の名著「日本アルプスの登山と探検」を取り上げる。

先日取り上げた新田次郎の「槍ヶ岳開山」にもあったように、江戸時代までは登山というものは修験者、祈祷者もしくは猟師だけのものだった。明治時代になってから初めて純粋にスポーツや観光目的が取り入れられることになった。それをもたらしたのが、開国後に来日した外国人達であり、その内の一人がイギリス人牧師のウェストンだった。

本著は彼が1891年から1894年にかけて中部地方の山々を登り続けた際の探検記である。機関車はまだあまり発達しておらず、移動は人力車か川下り。行く先々で登山したいと言ってもなかなか理解を得られない中、何とか賛同者を得ながら猟師や人夫を伴って各地の山頂を目指す。幾多の困難を乗り越えながら、浅間山に始まり、木曽駒、乗鞍、槍、立山、富士山、白馬といった名山を次々と踏破し続ける様子は痛快だ。

また本著が面白いのは、明治初期の国内の様子が外国人の視点で綴られているところ。まだ西洋文化に触れたことのない地方の村々では歓待と奇異の目で迎えられる。彼自身も外国人としてはかなり日本の文化に精通しているが、それでも様々な違いを痛感する。そしてそれは私達現代人にも通じるものがある。特に彼が見た山岳信仰の様子については興味深い。

山好きのみならず、古き良き日本を知りたい人にもお勧めの一冊。

堺探訪

先月末に大阪でG20サミットが開催されていたが、その際には私も仕事の関係で行かねばならず、4日間堺に滞在していた。思いの外忙しく時間がなかったが、合間の僅かな時間を見つけて気になっていた所を少しだけ回ってみた。

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<旧堺灯台>
例によって朝早く目が覚めたので散歩がてら行ってみた。1877年の最古の木造灯台で堺のシンボルらしいが、修復したばかりで思いの外綺麗だった。

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<さかい利晶の杜>
千利休と与謝野晶子、堺出身の2人の偉人の博物館。時間があればじっくり見たかった。

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<千利休屋敷跡>
利晶の杜の裏手にあるが、中には入れず隙間から覗くだけ。

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<河口慧海像>
隣の七道駅前にある河口慧海像。日本人で初めてヒマラヤを越えてチベットへ行った仏僧。

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<堺市立町家歴史館 清学院>
河口慧海も学んだ寺子屋であり、修験道の寺院。近くに河口慧海生家跡もあったが、ショボかった。

後で知ったが、堺は数少ない世界に開かれた港町であり、また堀で守られていたこともあり、自由な商業や文化が育まれていたらしい。

本当はちょうど世界遺産にもなる百舌鳥・古市古墳群も見に行きたかったのだが今回はやむなく断念。またいつかプライベートで来た時にゆっくり見て回りたいものだ。
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