山と旅

陣馬山

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先月、緊急事態宣言解除を受けてひとまず近場の山を目指すことにした。陣馬山は高尾山から連なる山脈の奥に位置する人気の山で、山頂に有名な白い馬のモニュメントがある。当初高尾山からの縦走を考えていたが、山頂直下からサクっと登れるコースを発見してしまった。

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車道で行ける和田峠が今回の起点となる。峠の茶屋に駐車場代800円払わなければいけないが便利。

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緑の中の階段を20分ほど登ると

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すぐに山頂の草原が開けてきた。こんな楽で良いのだろうかと後ろめたく思ってしまうほどだ。

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陣馬山山頂(857m)に到着。これが見たかった白い馬。色々な角度から撮ってみたが、この向きが一番しっくりくる。

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山頂直下にある清水茶屋。暑かったので冷たい刺身こんにゃくと藤野ゆずシャーベットを頂いたが、これが最高に美味かった。

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山頂からは全方位の眺望も拝める。この日は富士山は見えなかったが、丹沢や奥多摩は良く見えた。今回は楽をし過ぎたので、いずれ縦走でまたここに来よう。

高幡不動尊

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東京都日野市の名所といえば高幡不動尊がある。正式名は高幡山明王院金剛寺。弘法大師(空海)を宗祖とする真言宗智山派の別格本山である。高幡不動は子供の頃から何度も行ってるが、特に6月の紫陽花で有名なので訪れてみた。

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室町時代に建立された仁王門は重要文化財に指定されている。左右の仁王様はどちらも白いマスクを着用していた。

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1335年建立の不動堂も重要文化財で、時折読経と太鼓の音が聴こえてくる。五重塔は最近の再建だが、遠くからでも見える不動尊のシンボルである。

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新選組の土方歳三は日野の出身であり、彼の菩提寺となっているため、銅像や慰霊碑が立っている。

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奥殿には平安時代の丈六不動三尊(重要文化財)や、土方歳三の書簡など様々な貴重な寺宝が展示されている。

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境内の一番奥の大日堂では、鳴り龍や日本画家 後藤純男の襖絵なども観ることが出来る。

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境内には200種7500株の色とりどりの紫陽花が咲き乱れており、見事なものだった。

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特に多いのは山アジサイ。実は花びらに見える周りの部分はガクであり、中央の小さいのが花にあたる。

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広い高幡山内は八十八ヶ所巡拝路になっており、88体のお地蔵さんがひたすら並んでいる。これを全部回ると結構なハイキングになった。

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高幡山頂は一帯が見渡せる見晴台になっている。中世の頃にはここに高幡城本丸があったと伝えられている。

どうやら今年に入って日野市の財政破綻が明らかになったらしいが、こうした市中の名所がもっと広くアピール出来たら良いのにと思う。

「武蔵野の日々」

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Ⅰ散歩から
  魅力
  光華殿の一夜
  平林寺
  流れ
  六郷用水
  泉の四季
  野の寺
  釣鐘池
  夏の終わり
  並木の村
Ⅱ木立のほとり
  生誕
  嵐の翌日
  けやき
  公園道路第一号
  むぎかり唄
  金色の夕
  野の墓地
  お祭
  酒場の詩
Ⅲ本棚から
  河畔の万葉歌碑
  武蔵野の文学
  独歩と武蔵野
  蘆花とみすずのたはごと
  地名考むさし野
  むらさき探訪

東京都の中央部、清瀬から世田谷あたりは昔から武蔵野と呼ばれていた。この地域の興趣は万葉集の時代から多くの文学や美術に著されている。しかし戦後の高度経済成長期における開発により、今やその面影はほとんど残されていない。本書は失われる直前の武蔵野の姿を伝える貴重な記録である。

1962年、著者は国木田独歩や徳冨蘆花に感銘を受け狛江市に移住する。そこで技術者として勤続する傍ら、休みの日は武蔵野の地をくまなく歩き続けた。ケヤキや樫の林と野と田畑が交互に広がり、その合間を谷や川が走る。そしてそこに農家や民家の村や町が点在する。秋の麦畑で刈り入れる農夫。木陰の泉で野菜を洗う老婆。色鮮やかな自然と素朴な人々の生活が溶け合う。こうした牧歌的な風景が紀行文、エッセイ、詩、写真といった様々な表現を通じて情感豊かに綴られている。

さらに著者は古典から近代にかけての武蔵野にまつわる文学研究や、武蔵野という地名の由来の考察、かつて自生していたという名草むらさきによる染め物の研究など、多角的な検証も行っている。実際に染めた紫の片布も挿し挟む遊び心も趣深い。

実はこの著者が今のギャラリーコンティーナの社長さんである。川崎の森のギャラリーが2018年の暮れに閉館したが、昨秋にめでたく横浜市青葉区で復活された。今春に武蔵野をテーマにした絵画展を開催されていて、その際にこの著書を貸して下さった。1967年に自費出版された本書は既に絶版だが、実に武蔵野愛に溢れる名著だった。私の美術の先生は武蔵野の先生でもあったのだった。

夜叉神峠

緊急事態宣言が出される前の3月下旬に夜叉神峠へ登っていたのだが、宣言発令後は山行記録をアップするのも躊躇われていた。ようやく宣言解除となったのでアップする。

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都内にある私の勤め先のビルの屋上からは、冬の晴れた日には南アルプスも拝むことが出来るのだが、春になるにつれ空気が霞み見えなくなってしまった。雪化粧をした南アルプスの白峰三山を間近で見たくなり、山梨の夜叉神峠へ登ることにした。

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向かう途中の山肌に春らしくポツポツと桜が咲いていた。街中の並木や公園の桜よりも、こうした自然の桜の方が断然良い。

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芦安にある南アルプス芦安山岳館に立ち寄ろうと思っていたのだが、残念ながらコロナ の影響で休館だった。

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南アルプスの入口である夜叉神トンネルは冬季閉鎖中。ここから登山開始。

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約1時間ほどの急登。振り返ると遠くに甲府盆地が広がっていた。

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ほどなく夜叉神峠(1,770m)に到着。まだ残雪のある峠からは絶景が広がっていた。

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右から北岳(3,193m)・間ノ岳(3,190m)・農鳥岳(3,026m)。国内標高第2位と第3位が連なる様は見事。いつかあの稜線を歩きたいものだ。

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麓の御勅使川の氾濫を繰り返す夜叉神の怒りを鎮めるために建てられたという石の祠。

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芦安には食べるところがどこにもなかったため、街中まで降りて山梨名物ほうとうを食して帰った。

平山季重公を訪ねて

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最近は外出自粛によりあまり出掛けることが出来ないので、近所の散歩くらいで我慢をせざるを得ない。しかし私が今住んでいる日野市平山という地域は歴史も自然も豊かであり、徒歩圏内でも結構見所はある。そもそもこの地名は、平安時代末期の源平合戦で活躍した武将 平山季重公に由来する。今回はその季重公を訪ねる散策をしてみた。

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起点は京王線平山城址公園駅。ここにかつて季重公の居館があったということで居館跡碑と季重公霊地碑が立っている。

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同じ駅前にある平山季重ふれあい館。季重公についてのパネル展示があり、併設の平山図書館には多く資料が所蔵されている。

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駅前から数分歩くと宗印寺という立派な寺がある。ここに平山季重墓があり、東京都の旧跡に指定されている。

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またこの宗印寺の境内には季重公の木造座像も鎮座している。源氏勢で戦功を収めたが、晩年は仏門に帰依したらしい。

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宗印寺の脇から多摩丘陵の山道を登っていく。コナラの新緑やウグイス・ガビチョウ等の小鳥のさえずりが気持ち良い。

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しばらく登ると急に展望が開ける。日野や八王子の街並の向こうには、富士山や奥多摩の山並みが広がる。

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さらに山道を登る。稜線に出るとそこにひっそりと平山季重神社が立っていた。小さいが趣き深い山社だ。

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この先に都立平山城祉公園がある。季重公の見張所があったらしいが、今は特に城跡は残っていない。

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ただ結構広い自然公園で、園内には季節によって桜やコブシ、レンギョウにヤマツツジなど様々な花が楽しめる。多摩丘陵の稜線を辿れば南平や高幡不動まで行くことも出来るので、一日楽しむこともできるだろう。

深田久弥 「雲の上の道」

第1章 出発まで
第2章 カトマンズまで
第3章 ベース・キャンプまで
第4章 ジュガール・ヒマール
第5章 ランタン・ヒマール
第6章 帰途
第7章 後日談

新型コロナウィルスの猛威が収まる気配を見せない。小池都知事の外出自粛要請を受けて、やむなく今週末は祈るような想いで引きこもっている。やることと言えばもっぱら沢山の読み途中になっていた本達の続きを読むことだ。これもその中の1冊。

恐らく現代の日本の山好き達に最も多大な影響を与えた作家と言えば、「日本百名山」を書いた深田久弥だろう。日本中の山々をくまなく登り、登山史とともに格付けをした「日本百名山」は山好き達の教科書となっている。

その深田久弥が1958年にヒマラヤにも登っていたことはあまり知られていない。結局どの山にも登頂できていないことが理由だろう。槙有恒隊がマナスルに初登頂した2年後のことだ。これはその時の紀行文である。

それまで彼は世界中の資料を掻き集めヒマラヤ登山史などの著書を2冊も書いており、ヒマラヤへの憧れは相当なものだった。しかし当時は海外の山へ行くことは容易なことではなかった。彼の登山隊は作家深田・画家山川有一郎・写真家風見武秀・医師古原和美からなり「Artist Alpine Club」と名付けられたが素人部隊に過ぎない。資金も支援もない。まずはその苦労が克明に綴られている。

コンテナ37箱にもなる物質を調達し、大勢の見送りを受けて何とか神戸港から出発する。海路を1ヶ月かけてインドのカルカッタまで、そこから灼熱の陸路を2週間かけてようやくネパールのカトマンズに到着する。そこで待っていた3人の有能なシェルパと80人のポーターと合流した。

目指したのはジュガールヒマールとランタンヒマールだった。8000m峰はないが、未踏峰の7000m峰が多く残るこの地域で、あわよくば初登頂できればという考えだったのだが、あいにく天候や予算等の都合により断念する。

しかしこの紀行文が面白いのは、よくある登頂記録には割愛されている麓の自然や村人達の生活が活き活きと描写しているからである。ヒマラヤの麓に色とりどりの花々や多様な木々が植生していることは知らなかったし、村人達の陽気さや信心深さも興味深かった。

2ヶ月に渡る山行中、深田隊長はいつもしんがりを山川氏と遅れて歩いて見事な山容を眺めたり、部落で一緒に踊ったりと、非常にのんびりした陽気なムードが漂っていた。私もヒマラヤに登頂することは出来ないだろうが、いつかこんなトレッキングに行ってみたいものである。コロナが収束したら。。

御岳山・大岳山

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新型コロナウィルスの影響で今月はあらゆる施設が閉鎖になっているが、こんな時こそ山だろう。今回は今住んでいる町から見える大岳山。キューピーみたいな形でいつも気になっていた。右の御岳山(929m)から中央の大岳山(1,266m)を目指す。奥多摩デビューにはちょうど良い山だ。

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御岳山にはケーブルカーがあるので、登り降りはかなり楽。以前家族で乗ったことがあるが、京王電鉄になったとは知らなんだ。

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御岳山では今頃ロウバイが満開だった。本来時期の違う梅の花とも共演。右奥には奥之院が見える。

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御岳山には宿坊が立ち並ぶが、その中で最も歴史があるのがこの東馬場。茅葺きの建築は東京都有形文化財にもなっている。

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御岳山頂にあるのが武蔵御嶽神社。創建は紀元前91年らしく、関東一円より御嶽詣で賑わったという。宝物館は残念ながら休館だった。

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せっかくなのでロックガーデンまで降りて行ってみたが、季節外れで岩苔はいまいちだった。

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綾広の滝にも立ち寄る。この山は大杉や大檜、滝など様々な自然物に神が宿っている。

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ここからは大岳山を目指して登って行く。標高が上がるにつれ、北斜面には先週末の雪がまだ多く残っていた。アイゼンもなく非常に滑り苦労した。

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鎖場の急登を経て、昼頃にようやく大岳山頂(1,266m)に到着した。思った通りあまり山頂は広くないが、天気も眺望も最高だった。

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奥多摩や丹沢など幾重にも重なる山脈の奥に富士山も拝むことが出来た。

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下山中にも色々売店街を回ったり食べたりしてたら遅くなってしまった。ビジターセンターや宝物館が休館でなければ何時になったことか。満足な山行だった。

富士宮探訪

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少し前のことになるが、またしても富士山麓探訪として今度は静岡県の富士宮を訪れた。

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まず最初に行ったのは静岡富士山世界遺産センター。逆さ富士の建築が特徴的。ここは所蔵品の常設展示はないが、映像やモニターで様々な角度から富士山を学べる。

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この日の目的はその世界遺産センターで開催されていた「谷文晁X富士山  -山を写した時代の寵児-」。数は少ないが、初めてまとまった数の文晁作品を拝めて満足。

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続いては白糸の滝。さすが国の名勝だけのことはある。バックに富士山も入れて撮影しようとすると迫力が半減するが。

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田貫湖で富士の撮影。富士五湖に比べてマイナーだが綺麗な湖。静かな湖面にも富士山が映っていたが、なかなか山頂が晴れなかった。

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最後に本宮浅間大社へ。浅間神社の大元で深紅の建築が特徴的。でも富士吉田の浅間大社の方が見応えがあるかな。

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せっかくなのでご当地グルメB1グランプリの富士宮やきそばを食す。斬新な形をした富士山の絵が置かれていた。

富士山探訪はいつも山梨県側に行くことが多く、静岡県側はまだまだ未開拓。今度は三保や日本平も行ってみたい。

百草園

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東京都日野市に百草園という日本庭園がある。この時期に梅まつりが開催されていたので行ってみた。

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園内には白やピンクの様々な種類の梅が咲き乱れていた。ロウバイなど早咲きは終わりかけだったが、中咲きの梅が満開だった。

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百草園で有名なのが寿昌梅。小田原藩大久保忠増室の寿昌院が徳川信康のために植樹したとされる。

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藁葺屋根の松連庵を中心とした庭園は風情があり、梅の花々に彩られ非常に絵になる。

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多様な梅の中で最も印象的だったのがマンゲツシダレ。枝垂れ梅というものを初めて見たが、池に枝垂れる様子は風流だった。

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当地は多くの歌人にも愛され、若山牧水はここで多くの失恋歌を詠んだらしく、長男設計の歌碑があった。

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松尾芭蕉の句碑もあった。
「志ばらくは 花の上なる 月夜かな」

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園内では食事も取ることができ、山菜蕎麦や味噌団子、コンニャク団子を賞味した。

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見晴台からは都心の方まで見渡せた。ここは紫陽花や紅葉の時期も綺麗らしいので、また訪れたい。

富嶽十景

2月23日は富士山の日。

私は富士山が大好きだ。端正な山容に現れる白青のコントラストは世界一美しい山だと思っているし、世界文化遺産になったようにここまで美術・文学・宗教といった文化全般に広く影響を与えた山もないと思う。

山など見晴らしの良い場所に登る時はいつも富士山を探して写真を撮ってきたが、今回は富士山の日にちなみ特に良かった十景を並べてみた。

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① 三ノ塔
丹沢の表尾根からは大抵富士山が見えるはずが、いつもなかなか綺麗に撮れなかった。これは三ノ塔から。

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② 川和富士
以前よく登った横浜の丘の上にある小富士。いつも大山・丹沢・富士の三山の共演が愉しめた。

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③ 岩殿山
山梨県の大月市は山の谷間から富士山が良く見え、秀麗富士十景を制定している。岩殿山はその1つ。

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④ 大菩薩湖
山梨の大菩薩山塊からも富士山は良く見える。雁ヶ腹摺山からの富士山は旧500円紙幣にもなった。

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⑤ 新倉山浅間神社
訪日外国人客のSNSから人気となった忠霊塔パゴダ。春に桜も咲くとザ・ジャパンな絶景となる。

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⑥ 河口湖 大石公園
河口湖畔では最もフォトジェニックな場所。団体旅行の行程にもよく入っている。

7田貫湖
⑦ 田貫湖
富士宮側から見ると大沢崩れが良く見える。田貫湖は富士五湖よりも静かで良い。

8富士宮六合目
⑧ 富士宮六合目
富士山の中腹から見るとなかなか山頂は見えず、富士山の大きさが良く分かる。

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⑨ 菜の花台展望台
丹沢ヤビツ峠に登る途中にある展望台。立ち寄るだけの価値はある。

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⑩ 三国峠
山中湖に至る峠でオリンピックの自転車コースにもなっている。左肩に宝永山が良く見える。

三ツ峠山や三保の松原あたりも間違いなくランクインするべき場所だろうから、いずれ機会があれば行ったみたいものだ。
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