たゆたえども沈まず (幻冬舎文庫)
原田マハ
幻冬舎
2020-04-08


私は読書においては完全に文庫本派だ。持ち運びに便利だし、本棚でも場所を取らない。美術小説の第一人者 原田マハさんの本書は2017年の発刊以来ずっと待っていたのだが、この度ようやく文庫本化された。

表紙絵の通りこれはゴッホにまつわる小説である。19世紀のパリ美術界におけるジャポニズム旋風の一翼を担った日本美術商「若井・林商会」で働く加納重吉が1人目の主人公だ。彼は架空の人物だが、社長の林忠正は実在の人物であり、林の存在がこの小説執筆の動機となっている。

もう1人の主人公がグーピル商会の支配人としてブルジョワジー相手に美術商をしているテオドルス・ファン・ゴッホ。林忠正と重吉がこのテオに出会い、さらにそこに画家の兄フィンセントが登場し、4人が密接に絡みながら浮世絵や印象派という新しい時代の到来の中で奮闘する。

才能がありながらも売れない兄フィンセントと、それを献身的に支える弟テオ。悲劇的結末は不可避ながらも、そこに至る過程で林の助言や重吉の精神的支えがどれだけ大きかったかということをこの物語は描いている。

実際にはゴッホ兄弟と林商会との接点を示す証拠は存在しないのだが、つながりがあったはずだという推測のもとに小説は展開していく。そのリアリティ溢れる描写に読み手も引き込まれ、いつしか事実はきっとこうだったはずだと思わせる説得力がある。

もし悲劇が避けられたならどうなっていただろう。そんな物語も読んでみたいと思った。