musashino

Ⅰ散歩から
  魅力
  光華殿の一夜
  平林寺
  流れ
  六郷用水
  泉の四季
  野の寺
  釣鐘池
  夏の終わり
  並木の村
Ⅱ木立のほとり
  生誕
  嵐の翌日
  けやき
  公園道路第一号
  むぎかり唄
  金色の夕
  野の墓地
  お祭
  酒場の詩
Ⅲ本棚から
  河畔の万葉歌碑
  武蔵野の文学
  独歩と武蔵野
  蘆花とみすずのたはごと
  地名考むさし野
  むらさき探訪

東京都の中央部、清瀬から世田谷あたりは昔から武蔵野と呼ばれていた。この地域の興趣は万葉集の時代から多くの文学や美術に著されている。しかし戦後の高度経済成長期における開発により、今やその面影はほとんど残されていない。本書は失われる直前の武蔵野の姿を伝える貴重な記録である。

1962年、著者は国木田独歩や徳冨蘆花に感銘を受け狛江市に移住する。そこで技術者として勤続する傍ら、休みの日は武蔵野の地をくまなく歩き続けた。ケヤキや樫の林と野と田畑が交互に広がり、その合間を谷や川が走る。そしてそこに農家や民家の村や町が点在する。秋の麦畑で刈り入れる農夫。木陰の泉で野菜を洗う老婆。色鮮やかな自然と素朴な人々の生活が溶け合う。こうした牧歌的な風景が紀行文、エッセイ、詩、写真といった様々な表現を通じて情感豊かに綴られている。

さらに著者は古典から近代にかけての武蔵野にまつわる文学研究や、武蔵野という地名の由来の考察、かつて自生していたという名草むらさきによる染め物の研究など、多角的な検証も行っている。実際に染めた紫の片布も挿し挟む遊び心も趣深い。

実はこの著者が今のギャラリーコンティーナの社長さんである。川崎の森のギャラリーが2018年の暮れに閉館したが、昨秋にめでたく横浜市青葉区で復活された。今春に武蔵野をテーマにした絵画展を開催されていて、その際にこの著書を貸して下さった。1967年に自費出版された本書は既に絶版だが、実に武蔵野愛に溢れる名著だった。私の美術の先生は武蔵野の先生でもあったのだった。