第一章 遠い山
第二章 死の山
第三章 その後の山
取材記・筆を執るまで

勤め先の会社には、私以外に山好きが3人いる。内2人は女性なのだが、この2人が男性以上に強者で、富士山を麓から登ったり、東京マラソンに参戦したり。その1人に私が今夏娘と木曽駒ヶ岳に行ってきたことを話したところ、一冊の本を貸してくれた。それが新田次郎の「聖職の碑」だった。

時代は大正2年。長野県伊那の中箕輪高等尋常小学校には、実践主義教育を信条とする赤羽校長がいた。教育現場に様々な不穏な空気が蔓延する中、赤羽は毎夏恒例の木曽駒ヶ岳登山に36人の生徒らを引率して出発する。それが未曾有の悲劇へと繋がった。

急変する天候。稜線で荒れ狂う暴風雨。ようやく辿り着いた伊那小屋は無残にも壊されていた。急ごしらえの小屋の中で疲労と厳寒と睡魔に耐え忍ぶ中で、1人の少年が命尽きる。これが混乱の引き金となり、一団は恐怖から我先にと暴風雨の中へ飛び出していき、赤羽らは必死に後を追う。ここからの1人1人の生死を分けた運命が克明に綴られている。

私も以前教員時代に登山旅行の引率をしたことがあるので、生徒を死なせたこの時の赤羽の覚悟が痛い程に胸に刺さる。結果、赤羽と10人の少年達が帰らぬ人となったのだった。

今回初めて新田次郎作品に触れたが、彼が教育分野も含めていかに入念な調査や取材を元に執筆したかがよく分かった。今でも稜線に残る遭難記念碑を今度登った時にはお参りしたいものである。