私は昔からふらりとCDショップの店頭を眺めて回るのが好きだったのだが、ここ最近近所のCDショップが次々と閉店してしまっているのを目にしてきた。他にも様々な場面で音楽業界の衰退が見られるが、こうした様子はまるで世の中から音楽が必要とされなくなり消えて行ってしまっているようにさえ感じられる。今回はその背景にあるインターネットの功罪について考察してみたいと思う。

私が初めてインターネットに触れたのは1997年のことである。それまではパソコンに詳しい知り合いに、これからはインターネットの時代だとしつこく言われながらも、必要性を感じないと全く聞く耳を持たなかった。それがアメリカに留学した際に、パソコンの授業の中でインターネットに初めて触れることになった。アメリカは発祥地であるため、当時は最も進んでいた。Eメールというものを初めて知りHotmailアカウントを作ったはいいが、まだ日本にいる友人でアカウントを持っている者などいなかったため、ほとんど活用する機会もなかった。ホームページもほとんど英語のものしか存在しなかった。当時私がよく見ていたのは、音楽系のAllmusicとCD Nowというサイトで、それぞれディスコグラフィを調べたりや試聴したりするために活用していた。翌年帰国した後、インターネットは日本でも急速に浸透していった。各企業は時代に遅れまいと競ってホームページを持つようになり、インターネットを知る人材を募集した。私も個人でホームページを開設し、HTMLやデザインを独学で習得した。

当初ダイヤルアップだった回線は、やがてISDNやADSLへと形を変えていった。定額の常時接続になったことで、インターネット上では様々なデータがアップロード・ダウンロードされるようになった。代表的なのがMP3である。アメリカでNapstarがMP3の無料交換を推進し始めたのが98年のことだ。そしてそれ以外にも様々な交換ソフトが現れ、それらを通して世界中に膨大なアーティストの音源が拡散することになる。リリースされたCDを買わずともネット上から無料でダウンロードできてしまう。アーティストやレコード会社がこの状況に気付き提訴した時は既に遅く、数年の間に著作権という概念は崩壊していた。

同様のことが映像にも言えた。回線の高速化はMPEGやAVIなどの動画ファイルの交換も可能にしたため、映像産業に打撃を与えた。YouTubeの普及はそれに輪をかけ、音楽ソフトを正規に購入したりレンタルせずともストリーミングであらゆるものが見聞きできるようになってしまっている。出版業界も厳しくなった。かつての雑誌は貴重な情報源だったが、ネットによって誰でも瞬時に欲しい情報を手に入れることができるようになったために、もはや雑誌の存在意義がなくなり廃刊が相次いだ。

最近はようやく音源は有料であるという概念が定着したようである。皆iTunesなどで落として携帯プレイヤーで聴いている。しかしその一方でCDのセールスは壊滅的な状況だ。かつてはミリオンセールスが当たり前だったのが、今ではBillboardのトップですら数万枚程度だという。Tower Recordsは破産し、大手レコード会社は生き残りを掛けて合併吸収を繰り返している。私の近所でもCDショップは軒並み閉店が相次いでいる。渋谷のHMVが閉店したのも象徴的だろう。

こうした状況に伴って国内のレコード会社の対応も変わってしまった。こと洋楽に関して言えば、売れることが確実なビッグネーム以外のアーティストの国内盤は最近は全くリリースされなくなってしまった。これはある意味仕方ないことではある。皆ネットからダウンロードする時代、よほどの付加価値をつけない限りCDは売れない。確実性のない洋楽アーティストの国内盤を作っても負債になるだけだ。

ただそうなると、これまでレコード会社は国内盤を売るためにプロモーションをしてきたわけだから、国内盤契約がなくなると当然それらのアーティストは日本におけるプロモーションの機会を完全に失うことになる。口コミだけで輸入盤のセールスが伸びることも難しい。その状況では呼び屋だけでアーティストを招致することも無理だ。つまり国内盤の出ない海外アーティストのファンは日本でのライブを期待することは、今は非常に困難となってしまったのだ。私は20代だった90年代に最も多くの音楽を聴き漁っていたが、当時は金がなくあまりライブに行くことが出来なかった。それらのアーティストの多くは今も本国で現役で頑張っているが、もう彼らを日本で見ることはないのだろう。

もちろんインターネットがアーティストの音楽活動の幅を広げた面もある。自己表現の場としてホームページなどを持つようになり、ファンと直接交流をすることもできるようになった。レコード会社を介さずにFacebookやYouTubeなどを通じて有名になった新人アーティストもいれば、レコード会社の許可を気にせずに自由に創作発表をするメジャーアーティストもいる。

インターネットが登場して20年弱。生活は確かに便利になり、今やオフィス仕事にも欠かせない。しかしその一方で私達は色々なものを失ったと思う。今インターネットが存在しなかった時代を知らない若者も増えているが、彼らはその失ったものすら知らずに社会の中心を形成していくだろう。この先10年後、20年後に、私達は何をさらに失うことになるのか。そんな危惧をしているのは私だけだろうか。