先月3月は別れの季節ということで、今年もいくつか別れがありましたが、一番辛かったのがコレ。今からちょうど2年前、2010年3月に、愛車TOYOTA HILUX SURFとお別れをしたという記事をこのブログに書きました。あれから2年が経ち、今度はもう1台の愛車とお別れをすることとなりました。HONDA STEED 400です。

実はこのSTEED、5年ほど前から乗っていませんでした。家族が出来て、生活が完全に車中心になったことにより、バイクに乗る機会が全くなくなってしまい、さらに生活の中で節約もしなければいけなかったため、5年前に結局車検を通すことを止めてしまいました。しかしかと言ってすぐに捨てる気には全くなれなかったので、無理言って実家に置いてもらっていたのでした。それ以来5年間ずっと放置していたのですが、ここへ来て遂に親から捨ててくれという最終通達が来てしまったのでした…。

STEEDを買ったのは、私が20の頃、1996年の夏でした。当時私は長野県松本市で一人暮らしをする大学生で、前年手に入れた親からお下がりの乗用車TOYOTA COROLLAに飽き足りなくなってきた頃でした。実際それまでも2輪には乗っていました。高校1年から原付HONDA Dio SRには乗っていたし、それを事故ってオシャカにした後は、YAMAHA YB50というビジネスバイクに乗っていました。まだビジバイが流行って色んなモデルが発売されるようになる前のことです。ただビジバイが中途半端にギアチェンジが出来るというところに楽しさと物足りなさを感じるようになったというのが、中免を取りたいと思ったきっかけです。

そしてもう1つの大きな理由が、5月の風でした。1年で最も爽やかな風が吹く初夏は、私の最も好きな季節です。4月の段階では確かそれほど強い気持ちはなかったはずでしたが、その5月の風を感じた途端、居ても立ってもいられなくなり、気付いたら再び教習所に通っていたのでした。

大学の授業をさぼりつつ、数ヵ月教習所に通い詰め、夏には無事免許を取得しました。購入にあたっては、当時はまだインターネットはなかったので、足で探し回るか、中古バイク雑誌を読み漁るかという方法しかありませんでした。候補としては、SRやKAWASAKI ESTRELLAといったヨーロピアンネイキッド、もしくはYAMAHA BIRAGOのあたりのアメリカンにするかでした。そんな折り、東京あきる野にあるバイク屋で程度がよく30万ちょっとの中古の青いSTEEDが売りに出ているのを見つけました。そのスタイルと値段に惹かれ、日取りを決め、友人の女性に車で同行してもらい、はるばる東京に向かいました。

初めてSTEEDと対面し試乗。300kgという重量にやや取り回し辛さを実感。ハンドルはチョッパータイプのためさらに乗り辛く、ハンドルはすぐに変えようと決意。またマフラーは直管の竹槍マフラーだったため「ベタベタベター!」というかなりヤカましい音が鳴っている。しかし何よりもその加速と安定感、そして風を切る気持ち良さに即決し、毎月5万のローンを組むことにしました。

しかし大変だったのはその帰り道。友人の車に伴走してもらいながら、松本まで高速で帰らなければいけないわけですが、初めて乗る重量級バイクでいきなりロングツーリングなわけです。それだけでもかなりの試練だったのですが、高速に乗った直後、津久井のトンネルでいきなりエンスト。この時気付いたのですが、実はSTEEDにはタンクメーターが付いていなかったのです。仕方なくその重量バイクを押して高速を降り、津久井の山道を必死に上下して、やっとこさガソリンスタンドで給油したのでした。

ところが一難去ってまた一難。談合坂を過ぎたあたりで、今度は雨が降ってきました。どんどん強くなる雨足に、どんどん低下していく気温と体温。ただでさえ長時間強風にさらされていると体力も奪われるものですが、この雨によって完全にやられてしまいました。後半はもはや気力だけでハンドルにしがみつきながら、文字通りボロ雑巾のような姿で松本に辿り着いたのでした。

購入初日にそんな目に遇ったため、なんでこんなものを買っちまったんだろうと、何故かしばらくブルーになってましたが(笑)、少しずつカスタムをしていくにつれ、急速に愛着が湧いていきました。元々50~60年代位のハーレーナックルヘッドやパンヘッドあたりが好きだったため、そんなクラシックスタイルのカスタムを考えていました。ハンドルをワイドハンドルに替えたのをはじめ、シーシーバーを外し、タンクをヤスリがけした上でボディをベージュに塗りました。その後、東京上野の光輪でエスカルゴフェンダーも購入、リアサスは3インチほどローダウンさせました。本当はフィッシュテールマフラーまで付けたかったのですが、予算の都合上断念。苦労したのは電気系統の不具合でリアのブレットウィンカーがなかなか付かなかったことと、フロントのブレーキオイルの注入でグリップを何百回も握らなければいけなかったことでした。そんな苦労の甲斐もあり、完成したSTEEDはおよそ原型を留めないほどに見違えました。特にベージュのアメリカンなんてまず見掛けないので、行く先々で相当目立っていたと思います。まぁ実際寄ってくるのは大抵子供ばかりでしたが…。

ちょこちょことツーリングにも行きました。安房峠を越えて富山の海を見に行ったり、伊豆半島を回ったり、海ほたるを抜けて房総へ行ったり。寒いのも暑いのも苦手な根性なしライダーだったため、結果的にあまり多く遠出はしませんでしたが、想い出は沢山あります。後悔するのは北海道を走らなかったこと。1年半札幌に住んでいたにも関わらず、向こうには結局車しか持って行けなかったのがもったいなかったなぁと。きっと風を切って富良野や美瑛を走ったらさぞ気持ち良かったことでしょう。

アメリカンというのはバイクの性質上、あまりワインディングのある峠道などは適しません。まっすぐな道をあまりスピードも出さずにクルージングをするものであり、そしてそんなスタイルが好きでした。またカスタムをしたり、車検のたびにパーツを交換したりなど、STEEDをいじっている時間も幸せでした。

3月の晴れた日曜日。動かなくなって久しい愛車STEEDを、私は最後に綺麗に洗車しました。やがてお迎えのトラックがやってきて、STEEDは荷台乗せられてロープで固定され、段々離れていきました。そして私の耳にはドナドナの歌がいつまでも流れていました。さようなら、そしてありがとう。