今月は別れが多い。私が職場を離れるだけでなく、愛車とも別れることになってしまうとは…。
 乗り替えの理由はやはり子供。姫が生まれたことにより、彼女をチャイルドシートに乗せたり、荷物を載せたりが、この大きな車だと大変なのだということだ。なるほど、それは理解できる。それにこの車ももう14万キロ以上も走っており、次の車検ももう通せないだろうと言われているくらいだ。仕方がない。しかし走りもエンジンのかかりも、まだまだすこぶる調子が良い。それに車検もまだあと1年残っている。せめて最期まで看取りたかったものだ。しかし先日「安いの見つけた」と妻に引っ張られ、行った中古車ショップで「今年の自動車税が来る前に買い替えた方がお得」だと、その場で購入を決断することになってしまった。まさかこんなに早く別れが来ることになるとは思ってもいなかった。

 私がこの車に出会ったのは、1999年。今から11年も前になる。大学を卒業し、内定していた会社に入社する直前の3月であった。それまで親父のお下がりの古いカローラに我慢して乗っていたので、就職を期に長い間乗りたかった車を購入するつもりだった。130のトヨタ・ハイラックスサーフ、それも背面タイヤのないタイプを探していたところ、黒のリミテッドを見つけた。車体価格190万円、コミコミで220万円。高い買い物ではあったが、迷わずに毎月5万の3年ローンを組んでいた。

 この車は自分にとって、理想の車だった。国産の車としては、これ以外に乗りたいと思える車はなかった。四角くて無骨なフォルムは、いくら見てても見飽きることがなかった。それに背面なしの黒はかなり珍しい。これまで11年の間で、10台もお目にかかったことはない。

 その後、自分なりに色々いじったものだった。タイヤとホイールに始まり、フロントグリル、ウィンカー、テールランプ、リアスポイラーなど、それぞれ替えたり、外したりしながら、自分色に染めていった。本当は仕上げとして、5インチほどローダウンをさせたかったのだが、数10万円ほど予算がかかるので躊躇していたところ、歳を重ねるにつれ結局その機会を逃してしまった。

 この車とは、色んなところに行った。特に最初の会社を辞めた後、1か月間ほどこの車で日本中を旅をしたのは印象深い。北は北海道から、南は四国まで、津々浦々巡ったが、夜の寝泊まりも全部車中だった。また札幌に2年ほど住んでいた時も、この車にはお世話になった。毎日降りしきる雪の中、この車の中だけは暖かかった。色んなことが想い出される。

 忌野清志郎氏じゃないけれども、そりゃひどい乗り方をしたこともあった。左リアのフェンダーは、ガードレールにぶつけて割れたままになっている。また車体右側には、焼き肉屋の駐車場の植木に当てた時の引っかき傷が、かなり目立っている。それなのに直さずにそのままにしていたのは、4WDだからこれも味なのだと気にしなかった自分のO型気質が原因である。

 それでも私はこの車が大好きだった。この車は私の良き相棒であり、パートナーだった。近年の、新しい車が出たからと、数年で買い替えるような乗り方は、理解できなかった。

 一時期この車を手放さざる得ないような事態が起こったこともあった。某都知事によって広まった排ガス規制である。環境のために、ディーゼル車は全て車検を通せなくするというものであった。目的は理解できるが、作ったメーカーは何のおとがめもなく新しい需要にあやかるだけで、買ったユーザーだけが被害を被るというのが、許せなかった。なので私なりのやり方で、この事態を切り抜けた。

 だけど今度だけは、もうそうもいかないようだ。この年式と走行距離なので、下取り価格も廃車手数料分程度にしかならなかった。出会いもあれば、別れもある。仕方がない。次の車は、ホンダのモビリオスパイクだという。自動スライドドアだから、きっと妻と子供は喜ぶだろう。

 明日お別れとなる愛車サーフに、最期に一言。

 さようなら。そして、今までありがとう。