311 「Uplifter」

UplifterUplifter
311

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1. Hey You
2. It's Alright
3. Mix It Up
4. Golden Sunlight
5. India Ink
6. Daisy Cutter
7. Too Much Too Fast
8. Never Ending Summer
9. Two Drops In The Ocean
10.Something Out Of Nothing
11.Jackpot
12.My Heart Sings

4年ぶりの新作がいつの間にか出ていた。正直言うと、前作「Don't Tread On Me」もあまり聞きこんでいなかったし、それほど気にも留めてなかった。HMVの試聴機に入っていて何気なく聞いてみたら、思いのほか当たり。やっぱり侮れないな。

メジャーデビューは92年、いわゆるミクスチャーというジャンルとしては先駆け的存在だ。昔からHip Hopよりもむしろレゲエ色が強く、その点が後発の他バンドとも一線を画していた。メンバーももういい歳となり、近年は以前に比べユルい感じが特徴となっていた。しかし今作はM5やM8,M10,M11あたりで全盛期の頃のへヴィさを取り戻しており、最近出番があまりなかったもう一人のボーカルSAのRapも聴くことができる。一方で他ではきらびやかなメロディが踊るポップな面も秀逸で、特にM2とM3は佳曲だ。そうした両者の振り幅が大きく、久々に楽しめるアルバムとなっている。

そして初回限定の輸入盤にはDVDが付いているが、こちらはドキュメンタリーあり、2008年の311DAYの映像ありの、80分を超えるお得版。これまで本国のLas Vegasと日本のPunk Springで2回ライブを観たことがあるが、また機会があればもう1回くらい観てみたくなった。

やっぱり夏は311、いいバンドだ。

★★★☆



イルカと泳いだ日 後編

翌日は最終日。遂にイルカに会いに行く。早朝に漁船に乗り、隣島の御蔵島を目指す。この御蔵島、日本で唯一野生のイルカが生息している島としてダイバーにも有名である。ただしアクセスが楽ではなく、漁船で片道1時間の船旅に耐えられるかどうかが鍵となる。この日は曇り、最初は船旅を楽しんでいた生徒たちから、徐々に笑顔が消えていき、何人かはビニール袋か船の外に顔を投げだす。1時間後、絶壁に囲まれた島が近づいてきた。

島の周囲をゆっくり回っていると、突如船長が叫んだ。「いたぞー!」 見ると海面に三角の背ビレが4~5つ、ゆっくりと固まって動いている。これを合図に動ける者たちは、急いでフィンを履き、マスクとシュノーケルを装着する。そしてインストラクターに続いて一人ずつ勇気を出して海面に飛び込んでいった。水面から海の中を覗くと、海底ははるか下に見える。水深20~30mほどだろうか。幸いウェットスーツを着ているから溺れる心配はないが、泳ぎに自信がない子は、これに少しひるむ。

海中を覗きながら、インストラクターの進む方向に皆必死に泳いでいく。すると「キューン」という甲高い鳴き声とともに、前方から先ほどの背ビレの主たちが悠然と眼下を泳いできた。1匹2~3mくらいだろうか、水上で見えた背ビレから予想するよりも大きく見える。ここで何人か技術のある者たちは、ジャックナイフを試みた。息を止め、海中深くへ潜り、イルカたちに近づく。しかしイルカの水深まで潜れるのはインストラクターくらいで、彼だけ魚のように泳いでいき、イルカの群れに合流していた。

水面に上がった生徒たちは興奮気味だった。「いたー!」「すげー!」 マスクをはずして叫んでいた。しかしのんびりしている暇はない。次の群れを探すために、船に戻る。そして船のへりにまたがって、また船長の合図があるまで待つのである。結局全部で10本くらいダイブしただろうか。この日は数十頭のイルカに対面することができ、しかも彼らの機嫌が非常に良く、我々の本当に近くまで来てくれた。よく心に邪心があるとイルカに近づくことはできないと言われるが、手が届きそうなところまで近付けた今年の私の心は、きっと去年よりも澄んでいたのだろうか(笑)

1本のダイブはかなり体力を消費するため、10本のダイブを最後まで全て飛び込んだのは、2人の男子生徒と1人の女子生徒と私くらいのものだった。しかし今回参加した生徒は、とりあえず全員1回以上はイルカに対面させることができた。船に酔って最初動けなかった生徒も、浮き輪などを使って飛びこませ、何とか体験をさせてやれたことが、我々の一つの達成であった。

しかしこの後に試練が待っていた。1時間ほどのダイブを終えて三宅に帰る船旅は、凄まじいものだった。予想以上に風が強くなり、波は荒れ、船の揺れを大きく増幅させていた。前後左右に大きく揺れ続ける船から振り落とされないように、全員甲板にしがみつき、弾丸のように飛んでくる波の水しぶきの痛さに耐え続けなければならなかった。胃が空っぽになるまで吐き続け、体温はどんどん下がっていき、動く気力も余裕もなく、それぞれ"生きてるか?"とお互い目で合図をするのが精一杯だった。その様子はさながら、アフリカから連行されて大西洋を航海した黒人奴隷船のようであった。永遠に感じられた1時間の帰路の末、「もうすぐだぞー!」という叫び声に促され、目をやった先に三宅島の陰影が見えた瞬間に、生徒と交わしたガッツポーズとピースサインが印象的だった。

三宅に到着した際には、喜ぶ者、泣き出す者、ボロ雑巾のようになり自力で動けない者など、様々だったが、一旦宿に帰り、温かい風呂に入れさせた後には、ようやく全員に笑顔が見られ、私たちもホッとした。

今回の旅では、大自然の大きさをまざまざと見せつけられた。自然は荒々しさと美しさの両面を持っており、それぞれがあるからこそ、その両面が際立つ。そうした大自然の前では人間などは何てちっぽけな存在だろうか。そんなことを考えながら、帰りのフェリーの甲板に立ち、少しずつ遠くなる三宅島を眺めていた。


イルカと泳いだ日 前編

先日2泊3日で伊豆諸島の三宅島に行ってきた。目的はスキンダイビングでイルカに会うこと。ダイビングショップのインストラクターと一緒に生徒を10人ほど引率。このツアーは去年も行ったので、今年は2回目となる。

初日の夜、竹芝桟橋から東海汽船のフェリーに乗り、東京や横浜の夜景に見送られて出航。約7時間後の翌早朝、三宅島に到着した。

1年ぶりに見る三宅島は、昨年に比べ、緑が少し増えた印象。かの2000年の火山噴火による溶岩流によって焼け野原となった三宅島だったが、その自然の治癒力に恐れ入る。

また港に迎えに来て下さった民宿のご主人にも車中話を伺ったが、彼も避難解除が出るまでの間、東京の八王子へ避難を余儀なくされていたらしい。すぐ帰れると思っていたが、結局4年間故郷の地を踏むことはできず、その間生活のために仕事を探したが、短期だとなかなかどこも雇ってくれなかったそうだ。

民宿で仮眠を取った後、快晴の下、湾内のビーチでスキンダイビングの講習。ウェットスーツを着て水に入り、シュノーケルでの呼吸の仕方や、耳抜きをしてジャックナイフで(直角に)海底に潜っていく方法などをインストラクターに教えてもらう。ウェットスーツを着ているので溺れることはないが、隙間から入る水が冷たい。それでも水中で小魚や小蟹を見つけて、生徒たちも嬉しそう。

飽きた頃に、5mくらいの飛び込み台から皆で飛び降りて遊んだりもしながら、最終的に数人を除いて皆そこそこ潜れるようになった。

夜は魚づくしの料理で腹を満たした後、夜道を散歩し満天の星空を眺め流れ星を数える。そして花火&スイカ割り。昼間上手く潜れなかった生徒たちも、この夜は満足できたことだろう。

(続く)


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 私は音楽を読むことが大好きです。レビュー解説本や伝記本を読みながら、音楽に新たな発見をすることが非常に楽しみであります。そのため、よく本屋や中古本屋で興味のある新刊・旧刊を見つけると、ついつい買ってしまいます。しかし、いかんせん時間がない。この週末みたいに土日まで仕事だと、本当に時間がない。そのため、読んでいない本がどんどん積み重なっていく。それはCDも同じで、未消化のCDが沢山あるわけなのに、どんどん新しいCDが増えていく。1週間ほど本気で引きこもりたい今日この頃です。

 さて、ようやく読み終わったジミヘンの伝記本。1960年代後半に一世を風靡するものの、デビューからわずか4年でこの世を去った、伝説的な黒人ギタリスト。そのテクニックや、火をつけたり、歯で弾いたりといったパフォーマンスは、つとに有名ですが、彼の生い立ちから死に至るまでがここには克明に記されています。この詳細さは、恐らく筆者の膨大なインタビューの賜物でしょう。

 彼は幼少の頃から貧困生活や複雑な家庭環境、そして黒人であることによる差別など、幾多の困難をくぐり抜け生きながらえていました。生活のために軍隊に入隊するも、音楽へ陶酔するあまり自らゲイであると偽り退役を認められます。そしてR&BやブルースやDylanなど影響を受けながら、自身のワイルドなスタイルを完成させていきます。南部からニューヨークへとどさ回りをする内に、The AnimalsのChas Chandlerに見出だされ、イギリスに渡った後に、彼は瞬く間にスターになる。その後、成功により手に入るようになった、名声、ドラッグ、女などに溺れながらも、音楽的挑戦を続けるが、その栄光もわずか4年で終わりを告げるのでした。

 このたった4年間で当時そして後世に与えた影響は計り知れないほど大きい。しかし彼のあまりにも壮絶な人生において、彼は常に何かを求め、手にし、そして失い続けてました。この希代の才能を持ったスターは果たして幸せだっただろうか、と疑問が残ります。この伝記は映画化が予定されているようです。

Simon & Garfunkel Live Report 後編

 ピアノのイントロから"Bridge Over Troubled Water"が始まると大歓声が起こった。1番はArtが2番はPaulが、そして3番は二人そろって歌う。それぞれの歌い出しで思わず拍手が起こる。しかし"If you need a friend"まで歌うと、Paulはすっと後ろに身を引いた。ここからの主役はArtだ。最後の"♪And pain is all around ~ !!"、Artの渾身の歌声がこだまする。もはや67歳とは思えぬ力強さ、さらにワントーン上がる、"Like a bridge over trouble water ~ !!!" 鬼気迫る絶唱が観衆に迫る。思わず目頭に熱いものがこみあげる。今までのコンサート経験でこんなことは初めてだ。曲が終わると大歓声と同時に、これまで座席から動かなかった観客が皆一斉に立ち上がり、本編が終わってもいつまでもアンコールを求め続けていた。

 アンコールは名曲"Sound Of Silence"。二人の美しいハーモニーとギターの音色だけがこだまする。アコギ1本のデュオは、近年日本全国の路上やテレビの中でも沢山見かける。しかしこの必要最小限のユニットで、彼らほど綺麗なハーモニーを聴かせる完成されたデュオは、先にも後にも存在しない。一つだけ残念だったのは、せっかく立ち上がった観衆たちが、静かな曲のため全員また座ってしまったことぐらいか。続く"The Boxer"も、これまた名曲。"Lai la lai ~ ♪"のコーラスのリフレインがいつまでも続いていく。

 2度目のアンコールも静かに始まった。"Leaves That Are Green"。緑の葉が茶色に変わっていくように、諸行無常の寂しさを歌う。バックのステージセットでは、天井に向かって1本から5本に樹木の枝のように広がる照明セットが、緑色と茶色に色づいており、この曲のためのセットだったことが分かる。しっとりと終わるのかと思わせて、最後は"Cecilia"。パーカッシブなリズムに観衆も盛り上がる。曲終了後、PaulとArtがバンドメンバーを全員紹介し、再度"Cecilia"のコーラスを聴かせてくれ、夢の時間は終了した。

 さて、今回のセットリストでは代表曲はほぼ網羅していたが、あえて他に演ってほしかった曲を挙げるのであれば、「Old Friendツアー」で演っていた"At The Zoo"や"Baby Driver"、"Keep The Costomer Satisfied"などだろうか。また個人的にギターでよく歌っていた"April Come She Will"や"Flowers Never Bend With The Rainfall"なんかも聞いてみたかったものだ。

 今回期待以上の感動を与えてくれた彼ら。本当に素晴らしい夜だった。


Setlist
1. Old Friends
2. Hazy Shade of Winter
3. I Am A Rock
4. America
5. Kathy's Song
6. Hey Schoolgirl
7. Be Bop A Lula
8. Scarborough Fair
9. Homeward Bound
10. Film clip ~ Mrs Robinson
11. Slip Slidin' Away
12. El Condor Pasa

Art Garfunkel Solo Time
13. Bright Eyes
14. A Heart in New York
15. Perfect Moment

Paul Simon Solo Time
16. Boy in the Bubble
17. Graceland
18. Still Crazy After All These Years

19. Only Living Boy in New York
20. My Little Town
21. Bridge Over Troubled Water

== 1st Encore ==
22. Sound of Silence
23. The Boxer

== 2nd Encore ==
24. Leaves That Are Green
25. Cecilia
27. Introductions of band ~ Cecilia (reprise)

Simon & Garfunkel Live Report 中編

 二人の唄い方は対照的だ。Artはあまり動かずに原曲通りに歌うのに対して、Paulはかなり原曲からアレンジを変えて歌う。また動作についても、Paulはギターを弾かなくていい曲の時は、曲に合わせてずっと両手を動かし続けていた。それはまるで演技をしている役者のようだった。

 "名曲"Scarborough Fair"をしっとりと聴かせた後は、"Homeward Bound"。個人的に昔からギターで練習し、長年親しんできた曲。さらに突如スクリーンに「卒業」の映像が流れ、アップテンポの曲が続く。"Mrs. Robinson"だ。何と名曲揃いであることか。大してファンでもない嫁さんでも大抵の曲を知っている。40年間世界中で流れ続け、多くのアーチストにカバーされてきた楽曲の数々は、すべて彼らのオリジナルであるという事実をまざまざと見せつけられる。今彼らはともに67歳。しかし全くもって現役だ。こんなスダンダードな名曲がオリジナルの二人によって演奏され、しかもそれが今目の前で繰り広げられている。この事実が未だに認識しきれていない自分がいるが、これを楽しむことの方が優先だ。

 しかし観客の年齢によるところなのだろうか。The Policeのコンサートの時はオールスタンディングとなった東京ドームのアリーナも、今日の観客は誰一人立ち上がりやしない。見る限りリズムに乗って動いている人も、ほとんど見当たらない。主役と同様に観客も若くはないのだ、無理もないのかもしれない。しかしちょっとこれでは淋しい。手拍子は曲によっては叩いている人は多かったのだが、いかんせんリズムがずれる。さらに悪いことに、東京ドームの音響は残響が出るため、会場内の拍手の音がすべて一拍遅れて轟く。これでは皆の拍手が揃うわけがない。

 PaulがArtを紹介して立ち去るとArtのソロコーナーが始まった。これは「Old Friendツアー」ではなかった流れだ。Artがしっとりと3曲聞かせてくれた後は、今度はPaulの出番。グラミー賞を受賞した「Graceland」から"The Boys In The Bubble"や"Graceland"などを、とてもパーカッシブに聞かせ、これも対照的だった。彼らのセットリストは基本的には固定のようだったが、今日のPaulのソロコーナーは嬉しいサプライズだった。

 バックバンドもベテラン揃いだ。2人のギター、ベース、ドラム、パーカッション、サックス、さらには時折楽器を持ち替えて、"Scarborough Fair"ではビオラ、"The Boxer"ではテルミン、"The Boys In The Bubble"ではアコーディオン、"Graceland"ではスライドギター、"El Condor Pasa"では縦笛など、様々な楽器を披露してくれていた。

Simon & Garfunkel Live Report 前編



昨日ついに念願のSimon & Garfunkelのコンサートに行ってきました。そのレポートをアップします。ちょっと長いので、3回に分けてアップしたいと思います。

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Simon & Garfunkel Live Report
2009.7.11 @ 東京ドーム

 私が小学生の頃、家では親がよくSimon & Garfunkel(以下S&G)のレコードやテープをかけていた。S&Gは自分にとってはThe Beatlesとともに洋楽の入口であり、皆が知っていて当然のアーチストだと思っていた。聞きやすく普遍的な魅力を持った楽曲は、実は極上のハーモニーや社会性の強い歌詞という要素を持った楽曲であったと同時に、60年代にフォークがフォークロックへ、そしてさらにその先へと拡散していく時代性を反映した楽曲であったという事実も、後で知ることになった。

 そうしたS&Gは気づいた頃には既に過去の伝説であり、もうリアルタイムな存在ではなかった。2003年には「Old Friend ツアー」をしていたが、その際にも日本には来ていない。それが突如の再結成と、デュオとしては16年ぶりの来日を果たすという。彼らは今や齢67歳、もう老人と言って差し支えない年齢である。果たしてかつての輝きがあるのだろうか。しかしまたこの先があるとは思えない。Paul McCartneyや、Brian Wilson、Queenなども見逃して悔しい経験をしたのだ。そんな思いでチケットを速効で予約した。

 当日も仕事だったが、早めに切り上げて東京ドームへ向かう。開演時間が5時という通常よりもかなり早い時間のため、焦って会場に向かった。一緒にチケットを取った嫁さんと会場で待ち合わせて、座席を探す。¥13,000のS席は、アリーナ席のC19、ステージから向かって右側の3塁あたり。しかも眼鏡を忘れてきたことを思い出す。スクリーンが頼みの綱となった。

 今回の観客の年齢層は高い。以前見に行ったBilly JoelやThe Policeのコンサートよりも、さらに一つ上の世代。髪に白いものがまじった団塊の世代くらいの方々がほとんどで、皆さん青春時代の60年代をリアルタイムで聴いていた世代の様子だ。ただ20~30代の若い人たちもいる。きっと私と同じように、親の影響を受けた二世世代なのだろう。

 SEが鳴りやみ大歓声の中2人だけで登場し、静かに"Old Friend"を演奏し始めた。右側に立ち茶色のアコギを持ったPaulは緑のTシャツに帽子をかぶりカジュアルに、左側に立った頭一つ背が高いArtは白いYシャツに黒いベストと80年のCentral Parkの時と同じような衣装だった。終わると続いて鋭いエレキギターの音が切り込んできて、"A Hazy Shades Of Winter"になだれこむ。いつの間にかステージにはバンドメンバーが並んでいる。どうやらセットリストは「Old Friendsツアー」と同じようだ。

 「私たちが出会ったのは11歳の時だった。」とArtが話し始めた。「ジュウイッサーイ」と日本語で笑いを誘う。「そして最初の曲を書いたのが15歳だった。ジュウゴサーイ」と続け、二人の歴史の始まりである"Hey, School Girl"を演奏した。「歌詞のヒントになったのはThe Everly Brothersだった」というMCに続いて、"Be Bop A Lula"。R&RなS&Gのルーツを垣間見せてくれた。

Wedding Live Party

昨日は友人の結婚式でした。

友人はクリスチャンなので、チャペルではなく正式な教会でした。
新鮮&神聖な雰囲気。しかし
聖書を唱えたり、賛美歌を歌ったりするのですが、
周囲が声を揃えている中で、私と嫁さんは、
一拍遅れて唱えたり、歌ってるふりをしたりと大変でした(笑)

夜はWedding Live Partyに移動。
私はなぜかそのぱーてーのディレクター。そしてあまり良く分かってない…。
新郎新婦の入退場にピンスポライトを当てるはずが、
ライトの動きが遅く、全然追いついていなかったり、
バンドさんの演奏中の間奏で乾杯の挨拶をさせてもらったのだが、
「かんぱーい」と挙げた左手にグラスを持ち忘れていたり(汗)
色々やらかしながらも、周りのMCさんやバンドさん、音響さんやカメラさんなど
多くのスタッフの尽力で、ぱーてーは盛り上がりの内に終了。
スタッフは皆新郎の友人なのだが、それぞれその道の方々。
その人脈とプロの技に感心させられた一日でした。

みんなお疲れ~ & 友人よ幸せになれ。

Faith No More 再結成

Faith No Moreが再結成し本格的に活動を再開したようですね。98年の解散以来もう復活はないだろうと諦めていただけに、今年のはじめに再結成のニュースを聞いた時は大喜びしました。

Download Festivalにトリで出演した際の映像を見る限り、見た目は皆おっさんになりましたが、衰えは全くないようですね。Mike Patton氏も、なんか体が全体的に貫禄が出てマフィアのボス(笑)のようになってますが、FantomasやTomahawkなどずっと精力的に活動を続けてきただけあり、完全に現役です。

85年にデビューし、Red Hot Chili Peppersとともに異端と言われながらも時代を先取りし、やがていわゆるミクスチャーの先駆けとして大きな影響力を持つに至った彼ら。特にボーカルのPatton氏は、System Of A DownのSerj Tankianや、IncubusのBrandon Boydなど多くのボーカリストに、最も影響を受けたといわしめたものです。

長いこと放置プレーだったオフィシャルページもリニューアルされてますが、欧州のツアーしか発表されてませんね。観客の熱狂に気を良くして、本国ツアー→ワールドツアー→じゃぱーん と発表してくれることを切に願っています。

Michael Jackson 急逝

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今週世界中を驚かせ悲しませたKing of Pop急逝のニュース。心肺停止と聞いてもなお亡くなるとは思ってもみませんでした。

中学生の頃ムーンウォークを必死に練習し、周りに自慢していたものでした。昨年もマイケルファンの生徒がいたため、授業でもムーンウォークの仕方なんて話をしながら、"We Are The World"の歌詞を取り上げたりもしました。

彼は生まれながらにして天才的なシンガーであり、ダンサーであり、そしてエンターテインナーであったと思います。才能豊かなジャクソン一家の中でも、その才能が群を抜いていたのは、Jackson 5を見れば一目瞭然でした。80年代以降にいわゆる白人音楽に傾倒していっても黒人から特に批判もなかったのは、そうした彼の圧倒的な説得力によるところだったのでしょう。その分、晩年にあった一連のスキャンダルは残念でありましたが…。

Rest in peace.
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