御七夜



先週の月曜日から6日間入院していた妻と子が昨日退院した。実際産まれた後、3日間会うこともできなかったため、我が子に会えるこの日を楽しみにしていた。しかし駐車場は一杯のため、路上駐車をせざるえず、しかもチャイルドシートもうまく設置できず、焦りながらバタバタと荷物と妻と子を車に積み込み、退院してきた。

向かった先は妻の実家。この日から1か月ほど、妻と子はそこで過ごすことになる。改めて見る我が子。よく寝てる。4時間おき位に起きて授乳をしなきゃいけないのに、起きやしない。無理やり起こし、授乳するも、妻あまり母乳出ない。なのでミルクを作る。結局ミルクを60mlほど飲み干し、また速攻で寝た。手がかからないのはいいが、もう少し起きて顔を見せてほしい。写真も寝顔ばかりになりそうだ。

また御七夜ということで、命名書も書いてみた。数十年ぶりに筆を持ち、我が子の名前を書く練習。最初はどうしてもバランスが悪かった字体も、見本を見ながら10枚ほど書いて、何とか見られるものになった。そして娘の名前にも愛着が沸いてくる。これはなかなか良い習慣である。

結局妻の実家で1泊し、子と過ごした後、また一人で家に帰った。これからも我が子に会えるのは週末だけ。夜泣きで寝不足になることはないけれど、やっぱりなんか淋しいなぁ。

Happy birthday, our baby.



本日9月8日14時43分、無事に女児が誕生した。

うちは嫁が無痛分娩がいいということで、それで有名な某病院にしていた。あらかじめ分娩日も決まるから、準備もしやすい。アメリカでは一般的らしいが、日本ではシステム上、担当医が足りずに普及しないらしい。

妻は昨日から入院し、私も立会うつもりだったので、今日は無理やり休みを取り病院へ。朝から妻は陣痛促進剤の点滴と、麻酔剤を注入。数時間後、子宮口が開き始め、陣痛が定期的にやってくるように。そのうち、カーテン越しのお隣さんが慌ただしくなり、やがて「ギャー」という産声が聞こえる。ところがうちは陣痛がなぜか弱まっていった。焦りながらも、長期戦を覚悟し、外で待っている両家の親へ中間報告しに出る。しかし分娩室に戻ると、いつの間にかイキみが始まっていた。慌ててカメラを用意しつつ、妻の頭部側にスタンバイ。陣痛の来るタイミングに合わせイキむのだが、とてもキツそう。無理もない、骨盤を押し広げて、頭がい骨が出てくるのだ。助産師さんの「頭が出てきましたよ。」という言葉を励みに、イキみ続ける。やがて、頭部が、そして全身が、この世に産まれた。

「ギャー」という産声が聞こえる。お隣さんより声は小さいが、確かに生きている。2,592g、わりと小さめだが、両手両足も目鼻口もちゃんとある。

「安産でしたね。」と担当医は言った。無痛分娩なので痛みは通常の10分の1。痛みを完全に消すこともできるらしいが、実感を得るためにあえて10分の1だけ残しているらしい。でも妻は「一人っ子決定」と言っていた。

名前は紆余曲折を経て、一つ決めていた。ここには書けないが、海外でも通じる名前を選んだ。そのため名の由来は日本語ではなく、英語名の語源であるラテン語・ヘブライ語。意味はgrace「優美」「恩恵」・favor「好意」。人のために行動できる心の美しい人になってもらいたいと思っている。

フラメンコな夜



うちの近所にちょこっと小洒落たレストランがあり、先日偶然発見して嫁さんと一回食事をした。その時にそのレストランでは、時折色んな生演奏を聴かせてくれることを知った。ヴァイオリンやフルートだったり、ポルトガルギターだったり。

そして今夜はフラメンコ。スペイン料理コースと合わせて7000円。値段を見て迷ったが、子供が産まれちゃったらもう二人でゆっくり食事なんてこともできなくなるし、最後の晩餐とも思って予約した。

テリーヌとかポワレとか、庶民にはよく意味が分かんないけど、とりあえず旨いものを食べた後に、演奏者とダンサーたちが登場。フラメンコギター1人、カンテ(歌い手)1人、そしてバイレ(踊り)が2人。哀愁のあるギターの音色に合わせて、女性のカンテのドスの効いた歌声が響きわたる。そして美しいバイレの2人が舞い踊る。正直踊りはもっと輪になって踊ってるような、のんびりしたものを想像していたが、さにあらず。一挙手一投足緊張に溢れ、力強く足を踏み鳴らしながら、優雅で迫力のあるバイレを見せてくれた。

フラメンコとは、ヨーロッパで長年虐げられてきたジプシーたちの、苦しみや喜びを分かち合う手段として生まれた民族文化である。今まで何度か目にしてきたが、これは本当に一つの芸術だ。この日も1時間ほどにわたって堪能させてもらい、最後はお客も踊りや手拍子を教えてもらったりしながら、盛況のうちに終了した。果たして腹の子供にはさぞやかましい胎教だったに違いない。

いつかスペインに行き、本場のフラメンコを見たいという夢を持ち続けているが、叶う日が来るだろうか。

大政変

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自民党が歴史的敗退をした。
そして飛ぶ鳥を落とす勢いで民主党が一人勝ちをしている。
今の政治に対する不満は大いにある。
ただ今後の変化に対する期待と不安もある。

一人当たり年31万2000円の「子ども手当」、
もうすぐ生まれてくる我が子にとってこれは大きい。
他にも民主党のマニフェストには様々な支援策が。
しかし本当にこの16.8兆円の予算の捻出ができるのか?

それから今回の投票率は推定では69%らしいが、もっといくべきだと思う。
果たして若者たちはどれくらい投票しただろう。
今回やむを得ない理由もなしに投票に行かなかった有権者は
政治に文句を言うべきじゃないだろう。
興味がないとか、どうせ何も変わらないではなく。
実際今回こんなに大きく政治が変わってしまうのだから。
これが正しかったか、間違っていたかは、いずれ分かるだろう。
私たち有権者は、それをよく見ておかなければいけないし、
次の参院選でしっかりと審判を下さなければいけないだろう。
それが私たち国民の義務なのだから。

Les Paul氏他界

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Les Paul氏が昨日8月13日に亡くなった。

かの有名なギブソンの「レスポールモデル」を作った張本人である。1952年にギブソン社から発売され、Eric Clapton、Jimmy Page、Keith Richards、Slashを始め、世界中の多くの有名無名ミュージシャンに愛され続けた、あのレスポールだ。

享年94歳、まだ生きていたのかと驚かれるが、彼は晩年までジャズクラブで毎週演奏を続けており、生涯現役であった。エンジニア、ミュージシャン、プロデューサーなど様々な顔を持っていた彼であるが、間違いなく言えるのは、彼がいなければ、ロックの歴史は存在しなかったということである。

合掌。

311 「Uplifter」

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1. Hey You
2. It's Alright
3. Mix It Up
4. Golden Sunlight
5. India Ink
6. Daisy Cutter
7. Too Much Too Fast
8. Never Ending Summer
9. Two Drops In The Ocean
10.Something Out Of Nothing
11.Jackpot
12.My Heart Sings

4年ぶりの新作がいつの間にか出ていた。正直言うと、前作「Don't Tread On Me」もあまり聞きこんでいなかったし、それほど気にも留めてなかった。HMVの試聴機に入っていて何気なく聞いてみたら、思いのほか当たり。やっぱり侮れないな。

メジャーデビューは92年、いわゆるミクスチャーというジャンルとしては先駆け的存在だ。昔からHip Hopよりもむしろレゲエ色が強く、その点が後発の他バンドとも一線を画していた。メンバーももういい歳となり、近年は以前に比べユルい感じが特徴となっていた。しかし今作はM5やM8,M10,M11あたりで全盛期の頃のへヴィさを取り戻しており、最近出番があまりなかったもう一人のボーカルSAのRapも聴くことができる。一方で他ではきらびやかなメロディが踊るポップな面も秀逸で、特にM2とM3は佳曲だ。そうした両者の振り幅が大きく、久々に楽しめるアルバムとなっている。

そして初回限定の輸入盤にはDVDが付いているが、こちらはドキュメンタリーあり、2008年の311DAYの映像ありの、80分を超えるお得版。これまで本国のLas Vegasと日本のPunk Springで2回ライブを観たことがあるが、また機会があればもう1回くらい観てみたくなった。

やっぱり夏は311、いいバンドだ。

★★★☆



イルカと泳いだ日 後編

翌日は最終日。遂にイルカに会いに行く。早朝に漁船に乗り、隣島の御蔵島を目指す。この御蔵島、日本で唯一野生のイルカが生息している島としてダイバーにも有名である。ただしアクセスが楽ではなく、漁船で片道1時間の船旅に耐えられるかどうかが鍵となる。この日は曇り、最初は船旅を楽しんでいた生徒たちから、徐々に笑顔が消えていき、何人かはビニール袋か船の外に顔を投げだす。1時間後、絶壁に囲まれた島が近づいてきた。

島の周囲をゆっくり回っていると、突如船長が叫んだ。「いたぞー!」 見ると海面に三角の背ビレが4~5つ、ゆっくりと固まって動いている。これを合図に動ける者たちは、急いでフィンを履き、マスクとシュノーケルを装着する。そしてインストラクターに続いて一人ずつ勇気を出して海面に飛び込んでいった。水面から海の中を覗くと、海底ははるか下に見える。水深20~30mほどだろうか。幸いウェットスーツを着ているから溺れる心配はないが、泳ぎに自信がない子は、これに少しひるむ。

海中を覗きながら、インストラクターの進む方向に皆必死に泳いでいく。すると「キューン」という甲高い鳴き声とともに、前方から先ほどの背ビレの主たちが悠然と眼下を泳いできた。1匹2~3mくらいだろうか、水上で見えた背ビレから予想するよりも大きく見える。ここで何人か技術のある者たちは、ジャックナイフを試みた。息を止め、海中深くへ潜り、イルカたちに近づく。しかしイルカの水深まで潜れるのはインストラクターくらいで、彼だけ魚のように泳いでいき、イルカの群れに合流していた。

水面に上がった生徒たちは興奮気味だった。「いたー!」「すげー!」 マスクをはずして叫んでいた。しかしのんびりしている暇はない。次の群れを探すために、船に戻る。そして船のへりにまたがって、また船長の合図があるまで待つのである。結局全部で10本くらいダイブしただろうか。この日は数十頭のイルカに対面することができ、しかも彼らの機嫌が非常に良く、我々の本当に近くまで来てくれた。よく心に邪心があるとイルカに近づくことはできないと言われるが、手が届きそうなところまで近付けた今年の私の心は、きっと去年よりも澄んでいたのだろうか(笑)

1本のダイブはかなり体力を消費するため、10本のダイブを最後まで全て飛び込んだのは、2人の男子生徒と1人の女子生徒と私くらいのものだった。しかし今回参加した生徒は、とりあえず全員1回以上はイルカに対面させることができた。船に酔って最初動けなかった生徒も、浮き輪などを使って飛びこませ、何とか体験をさせてやれたことが、我々の一つの達成であった。

しかしこの後に試練が待っていた。1時間ほどのダイブを終えて三宅に帰る船旅は、凄まじいものだった。予想以上に風が強くなり、波は荒れ、船の揺れを大きく増幅させていた。前後左右に大きく揺れ続ける船から振り落とされないように、全員甲板にしがみつき、弾丸のように飛んでくる波の水しぶきの痛さに耐え続けなければならなかった。胃が空っぽになるまで吐き続け、体温はどんどん下がっていき、動く気力も余裕もなく、それぞれ"生きてるか?"とお互い目で合図をするのが精一杯だった。その様子はさながら、アフリカから連行されて大西洋を航海した黒人奴隷船のようであった。永遠に感じられた1時間の帰路の末、「もうすぐだぞー!」という叫び声に促され、目をやった先に三宅島の陰影が見えた瞬間に、生徒と交わしたガッツポーズとピースサインが印象的だった。

三宅に到着した際には、喜ぶ者、泣き出す者、ボロ雑巾のようになり自力で動けない者など、様々だったが、一旦宿に帰り、温かい風呂に入れさせた後には、ようやく全員に笑顔が見られ、私たちもホッとした。

今回の旅では、大自然の大きさをまざまざと見せつけられた。自然は荒々しさと美しさの両面を持っており、それぞれがあるからこそ、その両面が際立つ。そうした大自然の前では人間などは何てちっぽけな存在だろうか。そんなことを考えながら、帰りのフェリーの甲板に立ち、少しずつ遠くなる三宅島を眺めていた。


イルカと泳いだ日 前編

先日2泊3日で伊豆諸島の三宅島に行ってきた。目的はスキンダイビングでイルカに会うこと。ダイビングショップのインストラクターと一緒に生徒を10人ほど引率。このツアーは去年も行ったので、今年は2回目となる。

初日の夜、竹芝桟橋から東海汽船のフェリーに乗り、東京や横浜の夜景に見送られて出航。約7時間後の翌早朝、三宅島に到着した。

1年ぶりに見る三宅島は、昨年に比べ、緑が少し増えた印象。かの2000年の火山噴火による溶岩流によって焼け野原となった三宅島だったが、その自然の治癒力に恐れ入る。

また港に迎えに来て下さった民宿のご主人にも車中話を伺ったが、彼も避難解除が出るまでの間、東京の八王子へ避難を余儀なくされていたらしい。すぐ帰れると思っていたが、結局4年間故郷の地を踏むことはできず、その間生活のために仕事を探したが、短期だとなかなかどこも雇ってくれなかったそうだ。

民宿で仮眠を取った後、快晴の下、湾内のビーチでスキンダイビングの講習。ウェットスーツを着て水に入り、シュノーケルでの呼吸の仕方や、耳抜きをしてジャックナイフで(直角に)海底に潜っていく方法などをインストラクターに教えてもらう。ウェットスーツを着ているので溺れることはないが、隙間から入る水が冷たい。それでも水中で小魚や小蟹を見つけて、生徒たちも嬉しそう。

飽きた頃に、5mくらいの飛び込み台から皆で飛び降りて遊んだりもしながら、最終的に数人を除いて皆そこそこ潜れるようになった。

夜は魚づくしの料理で腹を満たした後、夜道を散歩し満天の星空を眺め流れ星を数える。そして花火&スイカ割り。昼間上手く潜れなかった生徒たちも、この夜は満足できたことだろう。

(続く)


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 私は音楽を読むことが大好きです。レビュー解説本や伝記本を読みながら、音楽に新たな発見をすることが非常に楽しみであります。そのため、よく本屋や中古本屋で興味のある新刊・旧刊を見つけると、ついつい買ってしまいます。しかし、いかんせん時間がない。この週末みたいに土日まで仕事だと、本当に時間がない。そのため、読んでいない本がどんどん積み重なっていく。それはCDも同じで、未消化のCDが沢山あるわけなのに、どんどん新しいCDが増えていく。1週間ほど本気で引きこもりたい今日この頃です。

 さて、ようやく読み終わったジミヘンの伝記本。1960年代後半に一世を風靡するものの、デビューからわずか4年でこの世を去った、伝説的な黒人ギタリスト。そのテクニックや、火をつけたり、歯で弾いたりといったパフォーマンスは、つとに有名ですが、彼の生い立ちから死に至るまでがここには克明に記されています。この詳細さは、恐らく筆者の膨大なインタビューの賜物でしょう。

 彼は幼少の頃から貧困生活や複雑な家庭環境、そして黒人であることによる差別など、幾多の困難をくぐり抜け生きながらえていました。生活のために軍隊に入隊するも、音楽へ陶酔するあまり自らゲイであると偽り退役を認められます。そしてR&BやブルースやDylanなど影響を受けながら、自身のワイルドなスタイルを完成させていきます。南部からニューヨークへとどさ回りをする内に、The AnimalsのChas Chandlerに見出だされ、イギリスに渡った後に、彼は瞬く間にスターになる。その後、成功により手に入るようになった、名声、ドラッグ、女などに溺れながらも、音楽的挑戦を続けるが、その栄光もわずか4年で終わりを告げるのでした。

 このたった4年間で当時そして後世に与えた影響は計り知れないほど大きい。しかし彼のあまりにも壮絶な人生において、彼は常に何かを求め、手にし、そして失い続けてました。この希代の才能を持ったスターは果たして幸せだっただろうか、と疑問が残ります。この伝記は映画化が予定されているようです。

Simon & Garfunkel Live Report 後編

 ピアノのイントロから"Bridge Over Troubled Water"が始まると大歓声が起こった。1番はArtが2番はPaulが、そして3番は二人そろって歌う。それぞれの歌い出しで思わず拍手が起こる。しかし"If you need a friend"まで歌うと、Paulはすっと後ろに身を引いた。ここからの主役はArtだ。最後の"♪And pain is all around ~ !!"、Artの渾身の歌声がこだまする。もはや67歳とは思えぬ力強さ、さらにワントーン上がる、"Like a bridge over trouble water ~ !!!" 鬼気迫る絶唱が観衆に迫る。思わず目頭に熱いものがこみあげる。今までのコンサート経験でこんなことは初めてだ。曲が終わると大歓声と同時に、これまで座席から動かなかった観客が皆一斉に立ち上がり、本編が終わってもいつまでもアンコールを求め続けていた。

 アンコールは名曲"Sound Of Silence"。二人の美しいハーモニーとギターの音色だけがこだまする。アコギ1本のデュオは、近年日本全国の路上やテレビの中でも沢山見かける。しかしこの必要最小限のユニットで、彼らほど綺麗なハーモニーを聴かせる完成されたデュオは、先にも後にも存在しない。一つだけ残念だったのは、せっかく立ち上がった観衆たちが、静かな曲のため全員また座ってしまったことぐらいか。続く"The Boxer"も、これまた名曲。"Lai la lai ~ ♪"のコーラスのリフレインがいつまでも続いていく。

 2度目のアンコールも静かに始まった。"Leaves That Are Green"。緑の葉が茶色に変わっていくように、諸行無常の寂しさを歌う。バックのステージセットでは、天井に向かって1本から5本に樹木の枝のように広がる照明セットが、緑色と茶色に色づいており、この曲のためのセットだったことが分かる。しっとりと終わるのかと思わせて、最後は"Cecilia"。パーカッシブなリズムに観衆も盛り上がる。曲終了後、PaulとArtがバンドメンバーを全員紹介し、再度"Cecilia"のコーラスを聴かせてくれ、夢の時間は終了した。

 さて、今回のセットリストでは代表曲はほぼ網羅していたが、あえて他に演ってほしかった曲を挙げるのであれば、「Old Friendツアー」で演っていた"At The Zoo"や"Baby Driver"、"Keep The Costomer Satisfied"などだろうか。また個人的にギターでよく歌っていた"April Come She Will"や"Flowers Never Bend With The Rainfall"なんかも聞いてみたかったものだ。

 今回期待以上の感動を与えてくれた彼ら。本当に素晴らしい夜だった。


Setlist
1. Old Friends
2. Hazy Shade of Winter
3. I Am A Rock
4. America
5. Kathy's Song
6. Hey Schoolgirl
7. Be Bop A Lula
8. Scarborough Fair
9. Homeward Bound
10. Film clip ~ Mrs Robinson
11. Slip Slidin' Away
12. El Condor Pasa

Art Garfunkel Solo Time
13. Bright Eyes
14. A Heart in New York
15. Perfect Moment

Paul Simon Solo Time
16. Boy in the Bubble
17. Graceland
18. Still Crazy After All These Years

19. Only Living Boy in New York
20. My Little Town
21. Bridge Over Troubled Water

== 1st Encore ==
22. Sound of Silence
23. The Boxer

== 2nd Encore ==
24. Leaves That Are Green
25. Cecilia
27. Introductions of band ~ Cecilia (reprise)
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