Roxette「Look Sharp」(1988)

LOOK SHARP!
ロクセット
EMIミュージック・ジャパン
1997-10-29


1. The Look
2. Dressed for Success
3. Sleeping Single
4. Paint
5. Dance Away
6. Cry
7. Chances
8. Dangerous
9. Half a Woman, Half a Shadow
10. View from a Hill
11. (I Could Never) Give You Up
12. Shadow of a Doubt
13. Listen to Your Heart

RoxetteのMarrie Fredrikssonが癌のため他界した。享年61歳だった。

Roxetteは私にとって青春の良き想い出だ。洋楽を聴き始めた中学生の頃、ラジオからはいつもRoxetteが流れていた。軽快なロックナンバー"The Look"や"Dangerous"、感動的なバラード"Listen To Your Heart"、etc。出すシングルはどれも全米1位に輝いていた。

買ってみたアルバムCDも期待以上の傑作だった。"Dressed For Success"、"Paint"、"Chances"、"Half A Woman"など、様々なタイプの楽曲はどれもメロディアス、シングルと同様かそれ以上の佳曲揃いで、擦り切れるほど聴いた。結果的にこのアルバムは800万枚というセールスを記録している。

Roxetteはスウェーデン出身の男女デュオ。Marrieのブロンドのベリーショートから男性っぽいイメージがあるが、実はかなりの美人だったし、その歌唱力は素晴らしかった。ギターのPer Gessleは全曲のコンポーズを手掛けており、彼の作る小気味よいリフがどの楽曲も魅力的なものにしている。

Marrieは17年前から癌を患っていたらしく、長い闘病の末の旅立ちだった。RIP


富士山麓探訪2

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先日また富士山麓を探訪した。この日の天気は快晴で、河口湖畔の大石公園からの富士山もよく見えた。

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秋に人気のもみじ回廊にも寄ってみたが、既にほとんど散ってしまっており一足遅かった。

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ミシュランにも紹介されている久保田一竹美術館。中には入らなかったが、庭園だけでも見事だった。

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昼は御坂峠の天下茶屋でほうとうを食べる。ここには2階に滞在していたという太宰治の記念館もある。

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この日の最大の目的は河口湖美術館で開催中の「没後70年 吉田博展」。木版画を中心に約200点展示されており見応えがあった。

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北口本宮冨士浅間神社にも行ってみた。この吉田登山口からいつか登ってみたいが、私の体力では無理だろうな。

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最後は富士山レーダードーム館。かつてこのレーダーを山頂に建設したのが当時気象庁の担当課長だった新田次郎。彼のコーナーには遺品や直筆原稿なども展示されていた。

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かなり駆け足で回ったのだが、まだまだ見たい所が沢山残ってる。いっそ移住してしまいたいものだ。

The Black Crowes 再結成

reunion

10月のある日、アメリカはニュージャージーの道路脇に突如カラスの看板が現れた。翌月にはペンシルベニア駅にポスターが掲示された。これによりThe Black Crowesが5年振りに再結成が明らかになった。デビュー30周年となる来年2020年に、ファーストアルバム「Shake Your Money Maker」再現の全米ツアーをするという。

これを聞き喜ぶと同時に疑問に思った。何しろRichのバンドMagpie Saluteは先日セカンドアルバムを発表したばかり。本来ならそのツアーが組まれるはずだった。恐らく今回の再結成はプロモーターLive Nationが企画し兄弟に持ちかけたのだろう。

参加するメンバーもChrisとRichの兄弟以外は全員新規メンバーばかり。前回の解散の理由がオリジナルドラマーSteve Gormanへの報酬額を巡る兄弟の諍いだったことを考えると、余計なトラブルを避けてとりあえずこのツアーだけこなすという意図が見て取れる。何より写真やステージでの2人の固い表情が全てを物語っている。

確かに30周年というのは大きな節目だ。また2人にも家族があり、稼がなければいけないという理由もあるだろう。このライブもファンとしては当然観たい。

でもね、私が本当に観たいのは、こんなビジネスライクなライブじゃないのだよ。かつてのメンバーが全員集まって、お互い笑顔で楽しそうに演奏するライブが観たいのだ。そんな日が来るのはもう少し先なんだろうな。


TAKAO 599 MUSEUM

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東京多摩にある高尾山は人気の高い山である。京王線でアクセスしやすく、599mと低山ながらも登山ルートもバリエーションに富み、薬王院など見所も多い。最近はミシュランガイドにも紹介されたことで、外国人旅行者も増えた。

その高尾山でもみじ祭りがあるというので週末に試しに行ってみたのだが、案の定スゴい人混み。登る気を失くして、ケーブルカー麓駅前で団子を食べながらイベントを少し見た後、TAKAO 599 MUSEUMに寄ってみた。ここは最近出来た所で、高尾山の自然を紹介しているのだが、単なるビジターセンターとは趣向が異なる。

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白を基調にした館内にはショーケースが整然と並んでいる。

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ショーケースの中には様々な自然の生物が飾られているが、真空保存した花々が美術品のようだった。

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木の葉も非常に分かりやすく展示されている。

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動物の剥製たちも沢山いるが、いちいち名前を付けていないところもアートっぽい。

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時折バックの白壁にプロジェクションマッピングの映像も流れる。前説では英語も交え、インバウンド対応もされていた。

地元のスイーツを堪能できるカフェや、木工クラフトの体験の他、様々なイベントもやっていた。高尾山に登らなくても楽しめるが、登りたいという気にもさせてくれるMUSEUMだった。

「おかえり美しき明治」

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府中市美術館で開催されていた「おかえり美しき明治」を観に行ってきた。明治期の洋画(油彩画・水彩画・版画)に焦点を当てた美術展で、作品数は前後期合わせて約300点。風景画が多く、近代美術が好きな私には期待以上の内容だった。

開国後の明治期にはイギリスからの影響が大きかった。前半には1861年に来日したチャールズ・ワーグマンと彼に師事した鹿子木孟郎の2人の作品が多く並んでいたが、正確な写実表現がしっかり継承されていたことが見て取れた。

油彩画も良かったが、私の目当ては水彩画だった。敬愛する大下藤次郎や丸山晩夏、吉田博の作品も拝むことができたが、彼らの師匠であるアルフレッド・イーストとアルフレッド・パーソンズらの作品も多く並んでいた。それらを比べて観ていると、大下の淡い落ち着いた雰囲気の画風はイーストの、丸山の花々を前景にしたカラフルな画風はパーソンズの影響がそれぞれ受け継がれたのだなということも良く理解できた。

京都や箱根、日光など、当時外国人旅行者に売れた日本各地の名所の見事な風景画の数々を愉しんだが、中でも富士山の作品群は素晴らしかった。また名所ではない風景や、当時の人々の暮らしも描かれているが、今はもう見ることも出来ない古き良き日本がそこにあった。タイムスリップしたような世界観を堪能できる良い企画展だった。

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日曜デート

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毎週日曜になると彼女に逢いに車を走らせる。横浜まで片道1時間強。日頃通勤や仕事でヘトヘトなはずなのに、この運転は不思議と苦にならない。

最近スマホを買ってもらった彼女から、ちょこちょことLINEが入るようになった。「おはろー」「いってきまーす」などが様々なスタンプと共に飛んで来る。先月の私の誕生日には、私の好きだった丹沢と初冠雪の富士山の写真を撮って送ってくれた。小学生にスマホなんてまだ早い、とか言っていたくせに、一番恩恵を受けているのはきっと私だろう。

日曜のデートコースはほとんど彼女任せ。好きなものを食べさせた後、言われるままにアイカツのゲームや漫画喫茶などに連れて行く。今日はせっかくの天気なので公園に行ってみた。紅葉を楽しんだ後に、テラスで食事をしながら他愛のない話をする。

ふと思い出す。そういえば昔若かった頃は、よくこうして車を走らせ誰かに逢いに行っていたものだった。いつか君にも誰か良い人が出来るだろうけど、それまでは少しだけ時間を分けてもらいたい。

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Paul Barrere 急逝

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Little FeatのフロントマンPaul Barrereが急逝した。享年71歳だった。

最近は最期まで生涯現役を貫くミュージシャンが多い。Paulも9月にThe Weight Bandと共に来日していたばかりだったので、にわか信じがたかった。

後で知ったのだが、Paulは晩年肝臓ガンを患っており、今年のLittle Featのツアーにも参加していなかったらしい。あの時はたまたま調子が良かっただけだったのだろうか。

正直言うと私は元々Paulのことはあまり好きではなかった。途中加入のLittle Featで、主役Lowell Georgeのお株を奪うようなスライドギターとボーカルパフォーマンスは、Lowellファンとしてはあまり気分の良いものではなかったからだった。しかし今思えば、あの時ドラッグで不調気味だったLowellの代役を誰かがやらねばならず、Lowell亡き後も長年にわたってバンドを牽引し続けなければならなかった。そう考えれば、彼の果たした功績は大きい。

9月のBillboardでのステージでは、足腰は悪そうだったが、素晴らしいスライドを聴かせてくれていた。特にアンコールでの"Dixie Chicken"が印象深い。

RIP


RWC2019

rwc2019

日本で開催されたラグビーワールドカップ2019が閉幕した。会場にこそ行けなかったが、仕事柄関係する手配を色々していたので、予想を遥かに超える盛り上がりが我が事のように嬉しかった。

個人的には昔から最強のイメージの強かったオールブラックス・ニュージーランドの敗退が残念だったが、準々決勝で日本を降した南アフリカの優勝も喜ばしいものであった。どこも本当に強いチームばかりだったが、やはり開催国の日本にとって、初のベスト8進出を果たした日本代表の快進撃は偉業だった。

1次リーグ戦で見せた鉄壁のスクラム。周囲を置き去りにして独走していく松島や福岡のトライ。何度も鮮やかに決め続けた田村のPG。様々なシーンが印象に残っているが、その中でも特に印象深いのはリーチ・マイケルである。

あれだけ身体を痛めても何度も相手の足めがけてタックルする姿には頭が下がった。しかしそれと同じ位に勝利後の無表情も印象深かった。アイルランドに勝った時ですら全く喜ぶ様子が見られず、彼が初めて笑顔を見せたのはスコットランド戦の勝利後。主将として双肩にかかる予選通過というプレッシャーの大きさを見るようだった。

今回の大会中、人によっては「純粋な日本人のチームじゃない」と揶揄する声もあった。確かに外国人選手たちは日本民族ではないかもしれない。しかし日本に帰化した選手も多く、日本の心を持ち日本という国をプレッシャーとともに背負って戦った。そんな彼らは間違いなく日本人だと私は思いながら観戦していた。改めて感謝の意を伝えたい。


天覧山登山

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今から20年ほど昔、私はある英会話スクールのマネージャーとして、埼玉県飯能市で勤務していた。電車の便が悪かったため、片道1時間余りかけて国道16号を車で2年間通勤していたものだった。

先日懐かしくなり行ってみたのだが、久しぶりに訪れた飯能の街はほとんど変わっていなかった。もっともスクールは私の退職後に経営破綻していたので跡形もなかったが。。

飯能の駅前には多くのハイカーの姿があった。最近飯能や近くの天覧山は「ヤマノススメ」という登山アニメの舞台になった影響で聖地化しているらしい。予定にはなかったが、せっかくなので天覧山へ行ってみることにした。

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既に日が沈みかけていたが、山の麓に車を停め、登山口から登り始める。麓には能仁寺という寺がある。

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登山口を行くとすぐ左手に立派な忠霊塔が立っていた。

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わずか数分後に広い天覧山中段に到着。ここからも展望が開けていた。

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急に沢山の仏像に出くわした。十六羅漢といい、能仁寺が徳川五代目綱吉の病を治したことに対する生母 桂昌院からの寄進らしい。

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山頂直下は急な岩場となっていた。

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登山開始からわずか10分で山頂(195m)に到着。山名は明治天皇による登頂が由来らしい。

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山頂からの眺望は良いのだが、あいにく曇天のため富士山は見られなかった。

今回は登山と呼べるほどのものではなかったが、低山ながらもなかなか歴史深い山だった。こんな山が住む街にあると良いだろうな。

小島烏水「日本アルプス 山岳紀行文集」



1. 鎗ヶ嶽探険記
2. 山を讃する文
3. 奥常念岳の絶巓に立つ記
4. 梓川の上流
5. 雪中富士登山記
6. 雪の白峰
7. 白峰山脈縦断記
8. 日本北アルプス縦断記より
9. 谷より峰へ峰より谷へ
10.飛騨双六谷より
11.高山の雪
12.日本山岳景の特色
13.上高地風景保護論
14.不尽の高根

先日のウェストンに続いて今回は小島烏水を取り上げたい。日本で最初の山岳会(後の日本山岳会)の創設者である。

小島烏水(1873-1948)は横浜の銀行員、つまり一介のサラリーマンだったが、山に対する情熱は並々ならぬものがあり、毎年有給を駆使して各地の山々を踏破し続けていた。まだ地図もなく猟師や修験者以外は山に登る者などいない時代である。元々文才もあったため、多くの紀行文も残しているが、その代表作が全4巻の「日本アルプス」であり、本著はそのハイライトを抜粋したものである。

冒頭に収録されている”槍ケ嶽探検記”は次のように始まる。「余が槍ケ嶽登山をおもひ立ちたるは一朝一夕のことにあらず。何が故に然りしか。山高ければなり。山尖りて嶮しければなり。」最初はこのような漢文体、後年は口語体と、時代により文体も変化しているが、言葉の美しさは変わらない。

苦労の末に槍ケ嶽登頂に成功し喜んだのも束の間、自分よりも先に登頂し紀行文を発表していたウェストンの存在を知ることになる。そのウェストンを訪ねた際に、日本でも山岳会を作ることを勧められるのである。この2人の出会いが日本登山史の幕開けとなった。

もう1人烏水に大きな影響を与えたのがジョン・ラスキンである。烏水の文章には山中で観察される岩石や植物について詳述しており、彼の博学にも感嘆するが、ラスキンも同様だった。また烏水も山と同じ位に美術を愛し、山岳画のみならず美術全般に通じていた。彼の収集した国内外の版画のコレクションは膨大なものであり、後年に横浜美術館に寄贈されている。

私が再び山にハマったきっかけは横浜美術館で観た丸山晩夏と大下藤次郎の水彩画だったが、これらも彼らと親交のあった烏水の所蔵だったらしい。烏水に感謝しなければいけない。
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