コロナ禍と美術

先週は音楽の今について少し書いたが、今日は美術について書きたい。
当然ながら現在は全国というか全世界のあらゆる美術館が休館されており、開催予定だった全ての美術展が休止・延期もしくは中止されている。ここへ来てゴールデンウィークまでだった緊急事態宣言の延長が決定した。今春は観たかった美術展が非常に多くあったのだが、もはや絶望的な状況である。これもまるでこの世から美術が消えて行くような錯覚すら覚える。

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「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」
3/3-6/14 @ 国立西洋美術館
今春注目されていた美術展。ゴッホやターナー等のそうそうたる作品が展示される予定だった。このレベルの作品を数多く借りて来るには莫大な費用がかかり、これをペイ出来るだけの来場者数かける会期日数を見込んでいたはずである。仮に6月のみ開幕出来たとしても甚大な赤字が出ることは避けられないだろう。

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「バンクシー展 天才か反逆者か」
3/15-9/27 @ 横浜アソビル
こちらは3月に短期間だけ開幕した後に休止となった。行った方に伺うと、かなり充実した展示内容だったとのこと。期間は9月まであるので、それまでに再開を期待する。

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「白川義員写真展 永遠の日本/天地創造」
3/20-5/17 @ 東京都写真美術館
世界百名山などで著名な山岳写真家の大規模展覧会。予定では5/17までだったが、中止ではなく休止となっているので、果たしてリスケしてくれるのだろうか。

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「川瀬巴水展」
4/18-6/7 @ 平塚市美術館
昭和初期の人気版画家。緊急事態宣言の延長に伴い、こちらは残念ながら中止となった。人気作家だから、またいつかどこかで観る機会もあるかもしれない。

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「ショパン - 200年の肖像」
4/26-6/28 @ 練馬区立美術館
日本ポーランド国交樹立100周年の記念企画。こちらは巡回展なので、もし練馬会場でダメなら次の静岡会場まで行くしかない。

この他にも断念したものや、今後危ぶまれるものも色々ある。毎回同じことを言ってるが早く終息して下さい。

コロナ禍と音楽

日頃音楽ニュースサイトをチェックしているが、2月末頃からライブやコンサートの延期や中止が増えてきた。私もチケットを確保していた来月のIron Maidenをはじめ、気になっていた公演も全て中止になってしまった。

大阪のライブハウスでクラスターが発生したという報道もあった。3密の条件を揃えるライブやイベントの中止は仕方ないことだろうが、まるでこの世から音楽が消えて行くような錯覚すら覚えてしまう。

ここまで何の興行も出来なくなってしまうと、業界の存続すら厳しくなってくるだろう。呼び屋もそうだが、会場の方は黙っていても維持費がかかる分、事態は深刻だ。既に有名なライブハウスが倒産し始め、国内ミュージシャン達が救済支援の運動を始めたようだ。

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ミュージシャン達も公演どころか外出自粛で自宅に引きこもらざるを得ない状況だが、ファンに向けてネットを通じて外出自粛を呼び掛けたり、自宅演奏の動画を配信している人も多い。以下の2人はかなり早い段階から動いていた。





また世界各地では、警察が外出自粛やソーシャルディスタンスを呼び掛けたり、病院で患者が無事に退院する時などに音楽が用いられている様子も多く見られる。





亡くなったJohn Prineをはじめ、Jackson Browne, Christopher Cross, Larry Campbell, Babyface, Chuck Billy (Testament), David Brian (Bon Jovi)など有名なミュージシャンの感染も伝えられる。一方で今だからこそ新しい音楽を作曲している人も多い。厳しい時期だからこそ音楽の持つ力を再認識したいし、できると思う。

ボルダリング

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最近は近場の公園くらいしか行けないのだが、少し前までは親子で毎週末ボルダリングジムに通っていた。近所の大型スポーツ店の中にあるのを発見し、渋る娘をアイカツカードで釣って連れて行ってみたら、思いのほかハマった。

傾斜角度によって6段階にレベルが分かれており、その中でもホールドの並びによって初級から上級までさらに8段階にコースが設定されている。ホールドは様々な色や形があり、見た目にも楽しい。身体全体を使ったパズルみたいなもので、昔流行ったツイスターの立体版のようだ。初級から順番に始め、手と足をどのような順番で進めれば良いのか、考えてから登って行く。1つずつクリアしていく毎に徐々に難しくなっていき、レベルアップしていくのを実感する。

結構小学生も多いのだが、皆かなり巧い。中にはオーバーハングの最上級傾斜でジャンプをかましている男の子がいて驚いた。こうした子が将来に野口選手や楢崎選手のようなオリンピック選手になっていくのだろう。

ボルダリングは今年の東京オリンピックから正式種目になるはずだった。しかしオリンピック自体が新型コロナウィルスの影響により来年に延期。他のあらゆるスポーツも軒並み中止等を余儀なくされている。選手達も練習・調整できず辛い状況だろう。来年無事に晴れ舞台を見られることを期待したい。

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緊急事態

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毎日まるで何かの映画みたいな非現実感が溢れている。毎晩これが夢ならいいのにと思いながら眠りにつくものの、起きる度にその非現実的な現実に引き戻される。

先週は遂に緊急事態宣言が出された。国内も海外も日々感染者と死者は増える一方で、とどまる気配すら見えない。

勤め先も緊急事態だ。旅行会社なので壊滅的な状況を呈しており、売上の9割は消滅、部下のほとんども長期休業で給与カット。いっそ私も休業かテレワークをさせてもらいたいのだがそれも出来ず、日々恐々としながら都心まで通勤し続けている。

今日はそんな私のために娘がマスクを作ってくれた。可愛い柄のガーゼで出来ていて、洗うことも出来る。少しゴムはキツいし、おっさんが着けるには可愛い過ぎるのだが、そんなことは大した問題ではない。とにかく娘の心遣いが泣ける。

娘の小学校も3月頭から休校。この4月からは5年生なのだが、先週の始業式があっただけ。どこへも行けず友達とも遊べない。

一体この映画のエンドロールはいつ流れるのだろうか。早く私達の日常を返してくれ。

志村けんさん他界

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最近はほとんど観なくなったが、子供の頃はテレビが大好きだった。特に毎週土曜の夜は夕食を食べた後に家族で「8時だよ!全員集合」を観るのが習慣だった。

仲間内では同時間の「オレたちひょうきん族」の方が人気があったが、私は断然ドリフ派だった。中でも彼のコントは下ネタも多かったがいつも笑わせてもらい、数々のギャグを真似したものだった。

そんなドリフの象徴的存在だった志村けんさんが、3月29日に新型コロナウィルスのために急逝した。感染入院報道のわずか6日後、享年まだ70歳だった。

日本人にとって衝撃的な訃報だったが、隣国の台湾でも同様だったようだ。蔡総統が日本語で追悼メッセージを発信し、職場の台湾人の同僚も非常にショックを受けていた。

出身地である東村山の駅前には3本のケヤキが植えてある。東村山音頭で有名にしてくれた功績を称え市が植樹した「志村けんの木」である。訃報の報道後、駅前には沢山の人が献花に訪れていた。

有名人や身近に感じていた人を失って初めていよいよコロナの恐ろしさを痛感する。お願いだから早く終息して下さい。

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深田久弥 「雲の上の道」

第1章 出発まで
第2章 カトマンズまで
第3章 ベース・キャンプまで
第4章 ジュガール・ヒマール
第5章 ランタン・ヒマール
第6章 帰途
第7章 後日談

新型コロナウィルスの猛威が収まる気配を見せない。小池都知事の外出自粛要請を受けて、やむなく今週末は祈るような想いで引きこもっている。やることと言えばもっぱら沢山の読み途中になっていた本達の続きを読むことだ。これもその中の1冊。

恐らく現代の日本の山好き達に最も多大な影響を与えた作家と言えば、「日本百名山」を書いた深田久弥だろう。日本中の山々をくまなく登り、登山史とともに格付けをした「日本百名山」は山好き達の教科書となっている。

その深田久弥が1958年にヒマラヤにも登っていたことはあまり知られていない。結局どの山にも登頂できていないことが理由だろう。槙有恒隊がマナスルに初登頂した2年後のことだ。これはその時の紀行文である。

それまで彼は世界中の資料を掻き集めヒマラヤ登山史などの著書を2冊も書いており、ヒマラヤへの憧れは相当なものだった。しかし当時は海外の山へ行くことは容易なことではなかった。彼の登山隊は作家深田・画家山川有一郎・写真家風見武秀・医師古原和美からなり「Artist Alpine Club」と名付けられたが素人部隊に過ぎない。資金も支援もない。まずはその苦労が克明に綴られている。

コンテナ37箱にもなる物質を調達し、大勢の見送りを受けて何とか神戸港から出発する。海路を1ヶ月かけてインドのカルカッタまで、そこから灼熱の陸路を2週間かけてようやくネパールのカトマンズに到着する。そこで待っていた3人の有能なシェルパと80人のポーターと合流した。

目指したのはジュガールヒマールとランタンヒマールだった。8000m峰はないが、未踏峰の7000m峰が多く残るこの地域で、あわよくば初登頂できればという考えだったのだが、あいにく天候や予算等の都合により断念する。

しかしこの紀行文が面白いのは、よくある登頂記録には割愛されている麓の自然や村人達の生活が活き活きと描写しているからである。ヒマラヤの麓に色とりどりの花々や多様な木々が植生していることは知らなかったし、村人達の陽気さや信心深さも興味深かった。

2ヶ月に渡る山行中、深田隊長はいつもしんがりを山川氏と遅れて歩いて見事な山容を眺めたり、部落で一緒に踊ったりと、非常にのんびりした陽気なムードが漂っていた。私もヒマラヤに登頂することは出来ないだろうが、いつかこんなトレッキングに行ってみたいものである。コロナが収束したら。。

御岳山・大岳山

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新型コロナウィルスの影響で今月はあらゆる施設が閉鎖になっているが、こんな時こそ山だろう。今回は今住んでいる町から見える大岳山。キューピーみたいな形でいつも気になっていた。右の御岳山(929m)から中央の大岳山(1,266m)を目指す。奥多摩デビューにはちょうど良い山だ。

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御岳山にはケーブルカーがあるので、登り降りはかなり楽。以前家族で乗ったことがあるが、京王電鉄になったとは知らなんだ。

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御岳山では今頃ロウバイが満開だった。本来時期の違う梅の花とも共演。右奥には奥之院が見える。

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御岳山には宿坊が立ち並ぶが、その中で最も歴史があるのがこの東馬場。茅葺きの建築は東京都有形文化財にもなっている。

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御岳山頂にあるのが武蔵御嶽神社。創建は紀元前91年らしく、関東一円より御嶽詣で賑わったという。宝物館は残念ながら休館だった。

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せっかくなのでロックガーデンまで降りて行ってみたが、季節外れで岩苔はいまいちだった。

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綾広の滝にも立ち寄る。この山は大杉や大檜、滝など様々な自然物に神が宿っている。

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ここからは大岳山を目指して登って行く。標高が上がるにつれ、北斜面には先週末の雪がまだ多く残っていた。アイゼンもなく非常に滑り苦労した。

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鎖場の急登を経て、昼頃にようやく大岳山頂(1,266m)に到着した。思った通りあまり山頂は広くないが、天気も眺望も最高だった。

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奥多摩や丹沢など幾重にも重なる山脈の奥に富士山も拝むことが出来た。

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下山中にも色々売店街を回ったり食べたりしてたら遅くなってしまった。ビジターセンターや宝物館が休館でなければ何時になったことか。満足な山行だった。

Sean Reinert (ex Cynic) 急逝

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元Cynicの名ドラマーSean Reinertが去る1月24日に他界してしまった。享年48歳だった。

Cynicは1993年に「Focus」というプログレッシブデスメタルの幻の名盤を1枚だけ残し解散した伝説のバンドだった。長い時を経て2008年に復活した後、2015年には初来日も果たした。しかしその直後にまた解散という話が出て、結果的にReinert抜きで存続することになった。

ライブで観た彼のドラミングは凄かった。手数足数は多く、変拍子なのにパワフル。Cynicの音楽は彼のドラムあってのものだと思っていたので、彼の脱退がつくづく惜しかった。 死因は不明ということだが、Paulとの仲違いがなければ、Cynicに残っていれば、死ぬことはなかったのだろうか。

RIP


富士宮探訪

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少し前のことになるが、またしても富士山麓探訪として今度は静岡県の富士宮を訪れた。

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まず最初に行ったのは静岡富士山世界遺産センター。逆さ富士の建築が特徴的。ここは所蔵品の常設展示はないが、映像やモニターで様々な角度から富士山を学べる。

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この日の目的はその世界遺産センターで開催されていた「谷文晁X富士山  -山を写した時代の寵児-」。数は少ないが、初めてまとまった数の文晁作品を拝めて満足。

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続いては白糸の滝。さすが国の名勝だけのことはある。バックに富士山も入れて撮影しようとすると迫力が半減するが。

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田貫湖で富士の撮影。富士五湖に比べてマイナーだが綺麗な湖。静かな湖面にも富士山が映っていたが、なかなか山頂が晴れなかった。

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最後に本宮浅間大社へ。浅間神社の大元で深紅の建築が特徴的。でも富士吉田の浅間大社の方が見応えがあるかな。

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せっかくなのでご当地グルメB1グランプリの富士宮やきそばを食す。斬新な形をした富士山の絵が置かれていた。

富士山探訪はいつも山梨県側に行くことが多く、静岡県側はまだまだ未開拓。今度は三保や日本平も行ってみたい。

百草園

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東京都日野市に百草園という日本庭園がある。この時期に梅まつりが開催されていたので行ってみた。

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園内には白やピンクの様々な種類の梅が咲き乱れていた。ロウバイなど早咲きは終わりかけだったが、中咲きの梅が満開だった。

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百草園で有名なのが寿昌梅。小田原藩大久保忠増室の寿昌院が徳川信康のために植樹したとされる。

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藁葺屋根の松連庵を中心とした庭園は風情があり、梅の花々に彩られ非常に絵になる。

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多様な梅の中で最も印象的だったのがマンゲツシダレ。枝垂れ梅というものを初めて見たが、池に枝垂れる様子は風流だった。

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当地は多くの歌人にも愛され、若山牧水はここで多くの失恋歌を詠んだらしく、長男設計の歌碑があった。

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松尾芭蕉の句碑もあった。
「志ばらくは 花の上なる 月夜かな」

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園内では食事も取ることができ、山菜蕎麦や味噌団子、コンニャク団子を賞味した。

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見晴台からは都心の方まで見渡せた。ここは紫陽花や紅葉の時期も綺麗らしいので、また訪れたい。
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