『フリーソロ』

Free Solo (fka Solo) [DVD]
National Geographic
2019-03-05


先日の台湾出張の際に飛行機の中で観た映画。一緒に行った同僚は趣味でボルダリングをしているので、彼女と一緒に観てみたのだが、これが凄まじかった。

主人公はアメリカのトップクライマー、アレックス・ホノルド(Alex Honnold, 1985-)。映画の中で彼が最初に登るのはヨセミテ国立公園のハーフドーム。ヨセミテは緑の森とそれを囲む白い断崖絶壁のコントラストが美しい大渓谷で、その奥にハーフドームはある。ほぼ垂直の絶壁をロープもビレイも使わずに登っていくのだが、1つ指先やつま先を滑らせただけで死へと直結する。映し出される絶景はこの上なく美しい。しかしそこで繰り広げられる超人的なクライミングは見ているだけでも恐ろしい。

そして彼が最後に目指すのは同じヨセミテにある聖地エルキャピタン。かつて誰もフリーソロで成功した者がいない975mの絶壁だ。これはアクション映画などではない。死を撮影することになるかもしれないというカメラクルー達の苦悩。彼を応援しきれない恋人の心境。怪我を克服しつつも、そうした周囲のプレッシャーと恐怖に苛まれるアレックスの葛藤。全てがリアルに晒け出されている。2年間かけてルートを確認し、全てのムーブを頭に叩き込み、登り始める。最後の20分間は神懸かり的だった。

本作は本国でアカデミー賞を受賞。日本では9月に公開予定となっている。


台湾出張記

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台湾の台北に出張に行って来た。前回従弟の結婚式で行って以来で4年ぶり。今回は同僚の女性と2人旅。羽田から3時間半で松山空港に到着。短い空旅だったが、エバー航空は食事も出た。

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空港からタクシーで10分ほどで泊まるTai Hope Hotelに到着。ドライバーにはホテルの英語名が通じず、中国語読みも分からないため苦労した。

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ホテルでしばらく仕事をした後で、夜は外に食べに行った。小龍包目的にディンタイフォンに行ってみたが100分待ちで断念。代わりに臨江街夜市に行った。以前行った士林よりは小さいが、色んな屋台は見るだけでも楽しい。

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地元の人しか入らないちょっと怪しげな屋台に入り、試しに臭豆腐を食べてみた。強烈な匂いにも関わらず、意外に美味かった。

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お供は台湾ビール。やっぱり南国のビールは薄めでスッキリした感じ。

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今回の出張の目的は人材の採用。2日目に市内某所で多くの応募者と面接を行い、最終的に3名の方に内定通知書をお渡しした。夜は懇親会で、念願の小龍包を囲んだ。同僚は油っこい中華続きで胃もたれしていたが。

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滞在中に地震はあるわ、台風も来るわで色々大変だったが、大きな収穫のある出張だった。食べる以外に観光の時間は全くなかったが。また来る機会はあるだろう。

「日本アルプスの登山と探検」

ウォルター・ウェストン(Walter Weston, 1860-1940)。日本アルプスの父であり、日本近代登山史のルーツ的存在である。今日は彼の名著「日本アルプスの登山と探検」を取り上げる。

先日取り上げた新田次郎の「槍ヶ岳開山」にもあったように、江戸時代までは登山というものは修験者、祈祷者もしくは猟師だけのものだった。明治時代になってから初めて純粋にスポーツや観光目的が取り入れられることになった。それをもたらしたのが、開国後に来日した外国人達であり、その内の一人がイギリス人牧師のウェストンだった。

本著は彼が1891年から1894年にかけて中部地方の山々を登り続けた際の探検記である。機関車はまだあまり発達しておらず、移動は人力車か川下り。行く先々で登山したいと言ってもなかなか理解を得られない中、何とか賛同者を得ながら猟師や人夫を伴って各地の山頂を目指す。幾多の困難を乗り越えながら、浅間山に始まり、木曽駒、乗鞍、槍、立山、富士山、白馬といった名山を次々と踏破し続ける様子は痛快だ。

また本著が面白いのは、明治初期の国内の様子が外国人の視点で綴られているところ。まだ西洋文化に触れたことのない地方の村々では歓待と奇異の目で迎えられる。彼自身も外国人としてはかなり日本の文化に精通しているが、それでも様々な違いを痛感する。そしてそれは私達現代人にも通じるものがある。特に彼が見た山岳信仰の様子については興味深い。

山好きのみならず、古き良き日本を知りたい人にもお勧めの一冊。

The Weight Band

ワールド・ゴーン・マッド
ザ・ウェイト・バンド
ヴィヴィド・サウンド
2019-08-14


The Bandは私が最もライブを見たかったバンドの1つである。しかしRichard Manuel、Rick Danko、そしてLevon Helmまで、オリジナルメンバーのうち3人も他界してしまった。存命のGarth Hudsonは数年前に来日し、私は行けなかったのだが、The Bandの音楽性とはかけ離れたステージだったらしい。

そんなThe Bandの音楽を体験できる機会が訪れた。それがこのThe Weight Bandの来日である。中心になっているのはJim Weider。1983年にRobbie Robertsonの後釜として加入し後期The Bandを支えたギタリストだ。もう1人Brian Mitchellも晩年のLevonのバンドにいた名プレイヤーである。したがってこれはトリビュートバンドなどではなく、The Bandを正統に引き継ぐバンドと言える。

単なるトリビュートバンドではない証拠に、彼らは昨年自分達のオリジナルアルバムも制作・発表している。これがまたThe Bandを彷彿とさせる非常に良い感じのアメリカーナだった。こうしたオリジナルも交えながらThe Bandを追体験できるステージになりそうだ。私がライブで特に聴きたいThe Bandの楽曲は以下の通り。

1. Look Out Cleveland
2. The Weight
3. The Night They Drove Old Dixie Down
4. Twilight
5. The Unfaithful Servant
6. Long Black Veil
7. Across The Great Divide
8. Thinking Out Loud
9. Rags & Bones
10.Get Up Jake

ちなみに今回Little FeatのPaul Barrereらも一緒にやって来るらしい。ということは当然Little Featの楽曲も演るということだろうか。ひとまず期待し過ぎない程度に期待していよう。


アイカツ



娘がプリキュアにハマっていたのは3~5歳の頃。その後アニメは、アナ雪、妖怪ウォッチ、ドラえもん、とお気に入りアニメは変遷した。そして少4の今彼女が夢中になっているのがアイカツである。

前からあるアニメだし、低学年のイメージだったが、どうやら親友の影響らしい。子供が好きなものを理解するのは親の務めかと、一緒にテレビやYouTubeを観てみた。要は女子中高生達がトップアイドルを目指して奮闘するという内容で、昨年から始まったアイカツフレンズは、初代アイカツ・アイカツスターズに続く3代目らしい。2年毎に変わるようだが、毎年変わるプリキュアよりはマシか。

このアイカツが世の中の少女達を夢中にさせる要因は、トレーディングカードにあるようだ。キャラクター毎・曲毎に、トップス・スカート・アクセサリーなどの衣装が無数にあり、ゲーセンなどにある端末を操作してそれらを集める。娘も毎週末のようにスーパーにある端末に座り、レアカードを入手しては満足そうにファイリングし、踊るキャラクターが着ているドレスを見ては「これ持ってる!」と喜んでいる。

私が感心したのは音楽である。キャラクター達それぞれ自分の持ち歌があり、毎回順番にステージで歌って踊る。娘はダンスを見るだけでなく、曲のメロディや歌詞までよく聴いている。娘が音楽に興味を持つことは良いことだと思い、早速CDを買ってみた。私も一緒に聴いてみたが、流石プロの仕事、非常に完成度が高い。ポップ系・キュート系・クール系・セクシー系などキャラクター毎に曲調も多彩で飽きさせない。歌詞もキッズカテゴリーなので、恋愛ではなく夢や勇気や友情といった内容で、「良いこと言うなぁ」と共感している娘の様子が微笑ましい。

もっとも娘がいない時にまでキッズアニメソングを聴いている中年男の姿はあまり人様には見せられたものではないが。。


堺探訪

先月末に大阪でG20サミットが開催されていたが、その際には私も仕事の関係で行かねばならず、4日間堺に滞在していた。思いの外忙しく時間がなかったが、合間の僅かな時間を見つけて気になっていた所を少しだけ回ってみた。

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<旧堺灯台>
例によって朝早く目が覚めたので散歩がてら行ってみた。1877年の最古の木造灯台で堺のシンボルらしいが、修復したばかりで思いの外綺麗だった。

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<さかい利晶の杜>
千利休と与謝野晶子、堺出身の2人の偉人の博物館。時間があればじっくり見たかった。

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<千利休屋敷跡>
利晶の杜の裏手にあるが、中には入れず隙間から覗くだけ。

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<河口慧海像>
隣の七道駅前にある河口慧海像。日本人で初めてヒマラヤを越えてチベットへ行った仏僧。

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<堺市立町家歴史館 清学院>
河口慧海も学んだ寺子屋であり、修験道の寺院。近くに河口慧海生家跡もあったが、ショボかった。

後で知ったが、堺は数少ない世界に開かれた港町であり、また堀で守られていたこともあり、自由な商業や文化が育まれていたらしい。

本当はちょうど世界遺産にもなる百舌鳥・古市古墳群も見に行きたかったのだが今回はやむなく断念。またいつかプライベートで来た時にゆっくり見て回りたいものだ。

「槍ヶ岳開山」

新装版 槍ヶ岳開山 (文春文庫)
新田 次郎
文藝春秋
2010-03-10


1. 序章
2. 出郷
3. 笠ヶ岳再興
4. 槍ヶ岳への道
5. 鉄の鎖
6. 飢餓と法難
7. 終章

私が北アルプスで最も好きな山は槍ヶ岳である。あの遠くからでも分かる尖峰が特徴的だ。その槍ヶ岳を開山した修行僧の話と聞けば当然興味があった。それが新田次郎と聞けば尚更だ。

主人公は播隆上人。富山の農民の出だったが、百姓一揆の際に誤って妻おはまを刺殺してしまったことを機に、仏の道を歩き始める。読む前は、この播隆があてもなく彷徨った末に槍ヶ岳に登ったという話かと思っていたが違った。槍ヶ岳開山とは周囲の期待を背負ってのことであり、その前にも笠ヶ岳再興という仏業も成し遂げていた。

この本を読んでいると仏教界への理解も深まる。地域のためと事業を推進する飛騨国本覚寺、厳しい戒律の摂津国宝泉寺、商魂逞しい山城国一念寺。全く方針の異なる各寺での経験を経て、播隆が自身の信じる仏の道を歩き続ける様子に好感が持てる。また図らずも名を上げていく様子が面白いが、その結果物語は思いもよらぬ展開をみせていく。

私には信心はないが、登山は悟りへ近づくことだと言う播隆の言葉には分かる気がした。

トヨタ博物館

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先日名都美術館に行った折、折角なので近くにあるトヨタ博物館にも寄ってみた。どうやら開館30周年ということで、今年4月にクルマ文化資料室がオープンしたばかりだった。

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まずはクルマ館へ。トヨタの歴代の車を見られるだけかと思っていたがさにあらず。世界初の1886年ベンツに始まり、世界中の自動車史を代表する名車約140台がずらりと並んでいた。

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キャデラックシリーズ60スペシャル (1938)  色々あった中で個人的に最も惹かれた一台。一度で良いから乗ってみたい。

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トヨダ AA型乗用車 (1936)
トヨタ最初の生産型乗用車。豊田喜一郎の情熱の結晶。この頃はまだトヨダだったらしい。

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トヨタ パプリカ UP10型 (1961)
18歳で免許取り立ての頃、レトロ趣向だった私が最初に乗りたいと思っていたのがこの車だった。結局親父のお下がりのカローラになったが。

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外では60年代の軽量スポーツカー、ホンダS800、トヨタスポーツ800、ロータスエリートの走行披露を行っていた。小気味良いエンジン音で軽快に走っていた。

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続いてクルマ文化資料室。約400点のカーバッジから今はなき膨大なメーカーの存在を知ることが出来る。

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カーマスコットも180点ほどあったが、特にルネ・ラリックは美術品と言って良い。

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ライセンスプレートは私もアメリカのものを50枚近くコレクションしていたが、世界各国のものは初めて見た。

結局半日では全く時間が足りなかった。車好きには堪らない場所である。また機会があれば来たいものだ。

「山元春挙 - 大明神と呼ばれた画家」

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私の好きな日本画家 山元春挙の回顧展が名都美術館で開催されていたので、はるばる観に行ってきた。

山元春挙(1871-1933)は竹内栖鳳とともに近代京都画壇を代表する日本画家である。動物画が人気の栖鳳と比べると、春挙の名前はあまり聞かれることはないが、彼の風景画は一見以上の価値がある。

彼の作品の多くは生誕地にある滋賀近代美術館の所蔵で、寄贈のタイミングで2000年に展覧会が開かれていた。その滋賀近代美術館の改装休館にあたり、名都美術館が春挙の作品を借り受け、今回19年振りの回顧展となったのだった。

前後期総入れ替えで、後期終了間近に行ったのだが、スケッチや画材も含めて約40点が展示されていた。最も感銘を受けた5作品を挙げる。

瑞西の絶景(1903)
①「瑞西の絶景」(1903?)
渡米時に描いた「ロッキーの雪」が有名だが、この時スイスには行っていない。富士山に似た見事な山容だが、どこの山かは謎である。

春夏秋冬(1913)
②「春夏秋冬」(1913)
代表作の1つ。四季折々の山岳画はどれも素晴らしいが、特に雪の描写に秀でた春挙の冬の松は見事。

③「上高地穂高連峰写生」(1916)
頻繁に各地の山々へ登山しながらスケッチをしていた。8mにも渡って間断なく描かれたこのスケッチは、既に絵として完成している。

四海青波図(1928)
④「四海青波図」(1928)
春挙作品の特徴はその色彩の鮮やかさにある。特にこの透き通るような青緑色が素晴らしく、しばらく見入ってしまった。生物のような巌の形も面白い。

高嶽爽気図(1930)
⑤「高嶽爽気図」(1930)
最も好きな作品の1つ。中央アルプスらしいが、どこの山だろうか。実際に登った春挙にしか描けないダイナミックさが溢れていた。

またしばらく回顧展が開かれることなどないだろう。遠かったが行って良かった。

VIPER 「Theatre Of Fate」 (1989)

シアター・オヴ・フェイト
ヴァイパー
ビクターエンタテインメント
1991-07-21


1.Illusions
2.At Least a Chance
3.To Live Again
4.A Cry from the Edge
5.Living for the Night
6.Prelude to Oblivion
7.Theatre Of Fate
8.Moonlight

去る6月8日、ブラジルのHR/HMボーカリスト・ミュージシャンAndre Matosが急逝したということを音楽ニュースで知った。死因は心臓発作、享年47歳という若さだった。

Andre MatosといえばANGRA以降のキャリアに焦点が当たりがちだが、私にとって思い出深いのはVIPERである。1991年に日本盤でリリースされた2nd「Theatre Of Fate」がとにかく衝撃的で、こんな完成度の高いものが何故ブラジルから?と驚いた。Sepultraの「Arise」が出たのも同年だったので、ブラジルのHMシーンが一気に注目を集めた年だった。

フルートも交えた叙情的なインストで幕を開け、珠玉のファストチューンがずらりと並ぶ。適度にヘヴィでありながらもメロディアスで、テクニカルなギターソロも美麗。Andreの伸びやかなハイトーンも力強い。リズムチェンジし緩急織り交ぜたり、中間部で予想外の展開を見せるあたりはプログレっぽくもある。

本国の発表は1989年なので、Helloweenが「Keeper Of The Seven Keys Ⅱ」を出した翌年だ。その後ドイツで無数のHelloweenフォロワーが竹の子のように登場したが、そうした凡百のバンドが束になっても到達出来ない高みを既にブラジルで極めていたことに驚きを覚える。

マイナーキーの4曲が続いた後に、突き抜けるような高揚感のM6も素晴らしい。このアルバムは人生にもがく若者が自己を発見するというコンセプトアルバムにもなっているが、この歌詞も注目に値する。

そしてハイライトはAndre作曲のM8。ベートーヴェンのピアノ曲”月光”を大胆にアレンジしたこの曲は、クラシック素養のあるAndreの真骨頂。Andreの絶唱と、ラストのバイオリンが涙腺を刺激する名曲だった。

残念なことにその後VIPERはAndreが脱退したことで失速する。一方AndreはANGRAを結成し「Angels Cry」で華々しくデビュー。こちらは期待された方向性で人気を博したが、個人的には「Theatre Of Fate」を超えることは出来なかったと思った。VIPERとしては突然変異的に生まれた名盤だった。


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